2016年9月17日 (土)

♪但願人長久♪ を、聴きながら名月をめでる

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      一昨日、15夜も、
   昨日も、函館では月が輝いてました。名月を鑑賞できました。
   みなさんの地方は如何でしたか?
    ○ 中秋節ヂォン・チィゥ・ジェ
   ということで、昨日はゆっくり、月をめで、一日音楽を聴いてました。
   但願人長久 ダン・ユァン・レン・チャン・ジュゥ
    王菲 ワン・フェィ フェイ・オンのがお勧めかなぁ
 明月幾時有 把酒問青天
   不知天上宮闕 今夕是何年


   我欲乗風帰去 唯恐瓊楼玉宇
 
   高処不勝寒  起舞弄清影 何似在人間

   轉朱閣 低綺戸 照無眠

   不應有恨 何事長向別時圓

   人有悲歓離合 月有陰晴圓缺

   此事古難全 但願人長久 千里共嬋娟
    これはもう、この詞の美しさが際立ってます。
    ネットの動画サイトで検索して頂いて是非、ご覧ください。
      下のアドレスで、見れるんですが・・・ながいなぁ・・・
http://ord.yahoo.co.jp/o/video/RV=1/RE=1474164722/RH=b3JkLnlhaG9vLmNvLmpw/RB=/RU=aHR0cHM6Ly93d3cueW91dHViZS5jb20vd2F0Y2g_dj00SkNmZEJlN0VRNA--/RS=%5EADBpt7PXLfY6IpccLZIKI33Y1UeWbQ-;_ylt=A2RCA95yptxXUUEAeUuHrPN7
 
 検索サイトでお探しになった方が早いかも?
    何回も何回も聞いて、覚えちゃって、
    それから、歌詞の意味でもお調べください。
    中国の歌も一曲ぐらい持ち歌にされるなら
    この歌お勧めです。
     これをず~っと聴きながら、月をめで、
     ついでに月餅などあるともっといいですけどね。
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2016年7月19日 (火)

中国最新流行歌に見る歌詞

 いきなりの結論ですが、近年、流行歌の歌詞は聞き取りづらくなってる。

 それは、中国に限らずですが。
 その種類にもよるんですが、また、歌のテーマによるんでしょうね。
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  だから、一概にそう言わない方が好いのかも知れないが、言いたい。
  例えば、先日例に挙げた、筷子兄弟のヒット曲「小苹果」を一番
  最初に聴いたときはまるで、何を唄ってるのか判らなかった。
   画像が無かったせいもあるし、予備知識もなく、音だけ。
  これはかなり苦しい。中国語では更に厳しい。
   何故かというと、中国語がお分かりの方には理解して戴けると
  思いますが、中国語には四声というのがあって、この音の上がり下がり
  の助けを借りて単語を分別しているので、歌の場合それを無視??
  というか、メロディーに乗せなくてはいけないので、当然その通りには
  いかず、メロディー重視ですから、四声はそっちのけ。
   加えて、わたしは母語ではないので、その辺の語彙の力と、
  日本の歌でもそうですが、歌詞と言うやつはこうきたら・・こうだよね、
  的な約束事が昔はあった。日本の演歌などはまだその世界にいる。
   その辺の約束事も分かっていなければ、素養がない。
   ・・・ということで、中国の歌は、歌詞カードか映像で字幕があるに
  限る。
   その力を借りていても時に、おぉ~ってくらい、早すぎて何歌って
  るんだか、判らん。
   例えば、同じこの人たち筷子兄弟の曲でも
  何年前だ・・・?あの「父親」って曲は、まぁまぁ、歌詞の型にはまって
  いたせいか、聴きながら何かしていても歌詞の意味はとれた。
   だから、曲によってそれは分かれるのは理解している。ただ、傾向と
  して、以前よりは聴きづらくなっている。その辺感想はどうなんだろう、
  中国の人に確かめたことはないが、そう遠くない感想を持っているのでは
  と、勝手に思っているが。
    もう一つの問題も、昨日指摘しましたが、
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    いゃ~、この歌判らんわぁ~、流行っとるらしいのにね・・・と
  思ってたら、わたしの聴いてたのは広東語版ってなことがある。
   最初から何かへんだなぁ~とは思ってたんだが気づくの遅すぎ!
  でしょう。
    もっと若い、
   もう最初から歌詞なんか、適当?に付けちゃってその雰囲気というか
  若さで売ってるような、これまた、先日話題にした、中国版AKBの
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   彼女たちの歌の作りは、日本とほぼ同じで、
  歌よりも歌詞よりも、若さを売ってる?ので日本と同じように
  意味がるような無いような、言葉遊び的歌詞で出来ています。
    で、結論、
   最初に戻って、どんどん聴きづらくなっている。
   それって、かなり映像に頼ってる。
   歌詞下に出てくるカラオケなどでは、問題ないのかも。
   特に困ってる??のは
  一番最初に聴いた時、その時、歌詞がとれない。

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2016年7月18日 (月)

流行歌の中の外国語歌詞について、

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  先週のお話は、歌手の中に・・というか、グループ名ですが、何か
 可笑しな名前を付けるのが多くなってきてますね、ってな話をした。
  実は、もう一つ気になってることがある。
 これまた、先にも書きましたが、流行歌の余り熱心な聞き手ではない。
 その点を踏まえて、
  そんな詳しくないので、そう思って以下お付き合いただくと。
  まず、日本の流行歌ですが、こちらはもう普通に?
 歌詞の中の一か所または数か所に、英語の単語または言い回しが
 入るのはもう珍しくもないし、違和感も?なくなっている。
  同じことが、中国でも。
 歌詞の中に、外国語、主に英語が入る歌が増えてきた。
 どれ位の割だろうか??
  誰かそんなことを研究?している人は居ないものだろうか。
U5847166751689020686fm11gp0   これも、どんどん増えるのか??
  というわたしの心配?をよそに、それほどでもないように思う。
  無論、以前の何もないころから比べたならば、多い。
   日本と同じように、ある単語を単にそこへ挿入、というのが
  基本だが、この点も日本と同じ。
   ただ、この手の歌で爆発的??ヒット曲がないのは、まだまだ
  こなれていないせいだろうか。
   その辺のことは、ちょっと中国の歌謡界に詳しいことは知ってるし、
  そんなことを書いている人がいるならありがたい。
   わたしの今日のこの、
  流行歌の中の外国語・・・の表題の、この
  外国語・・ってところに、工夫?がありまして、
  つまり、中国のそれは、英語の限らない、ってところが特徴的で、
  ナント!
   わたしが一番不思議なのは、
  時に、まるごと??なんですが、まるごと多分聞いて判らない
  広東語の歌をそのまま受け入れる、その度量の深さに感心させられる。
   アレってなんですかね、
   全く抵抗ないんですかね。そしてそれが、ヒット街道まっしくぐら・・・
  ってな構造は日本には全くない。
   そのことが、違う。
   つまり、
   日本は普段の生活の中にも、外来語を多量に取り入れ、
   英語もどき?に慣れ親しんでいるので、それが歌詞の中に入って
   きたからといって、違和感はなく、却って、新鮮でちょっと洒落た
   感じをもって受け入れられ。
   中国では、音として自分たちと違ったものがあったにしても、
   普段の暮らしの中で少数民族の言語をはじめ慣れ親しんでいるので、
   違和感なく、受け入れられていることなのだろうか。
    大体、中国の歌は・・・
   ってな、話をまた明日させてもらいます。

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2014年5月24日 (土)

歌で覚える中国語・チャゲ・アスの「男と女」

   今週の中国語学習は、歌で覚える中国語です。

Yjimage3 今話題?のチャゲ・アス、中国語では

 「恰克与飛鳥」という表記になりますが、

 そのアスカ、飛鳥フェィ・ニャォ が、

   作詞作曲を手掛けた一曲に「男と女」があります。

    彼のこの曲は、チャゲアスを知らない中国人でも

   この一曲は知ってる、という人が多い。

    逆に言うと、日本の曲だと知らずにこの曲を歌ってる

   人が多い。

U9467829333104169307fm23gp01 それは、この人 周華健 ズゥォ・ファ・ジェン

 が唄って大ヒット 、

  「譲我歓喜譲我憂」

  ラン・ウォ・ファン・シィ ラン・ウォ・ヨゥ

   わたしを喜ばせもし、悲しませる(君)

   という題です。余計なことは省略し、早速歌詞に入りましょう。

      「譲我歓喜譲我憂」

   ・  愛到尽頭    覆水難収    愛悠悠   恨悠悠

    アィ・ダォ・ジン・トゥ フゥ・スゥィ・ナン・ショゥ アイ・ヨゥ・ヨゥ ヘン・ヨゥ・ヨゥ

   ・  為何要到  無法挽留  才有想起  你的温柔

  ウェィ・フゥ・ヤォ・ダォ ウー・ファ・ワン・リュゥ ツァイ・ヨゥ・シャン・チ ニィ・ダ・ウェン・ロゥ

   ・ 給我関懐  為我解憂  為我凭添許多愁

  ゲィ・ウォ・グァン・ファィ ウェィ・ウォ・ジェ・ヨゥ  ウェィ・ウォ・ピン・ティェン・シゥ・ドゥ・チョゥ

   ・ 在深夜無尽等候  独自泪流  独自忍受

  ザイ・セン・イェ・ウー・ジン・ドン・ホゥ  ドゥ・ズ・レイ・リュゥ  ドゥ・ズ・レン・ショゥ

   ・ 多想説声  我真的愛你  多想説声  対不起你

  ドゥ・シャン・スォ・ション ウォ・ヂェン・ダ・アィ・ニィ ドゥ・シャン・スォ・ ドゥィ・ブ・チ・ニィ

   ・ 你哭着説   情縁已尽   難再続  難再続

  ニィ・クゥ・ヂャ・スォ  チン・ユァン・イー・ジン  ナン・ザィ・シュ  ナン・ザィ・シュ

   ・ 就請你給我 多一点点時間  再多一点点問候

 ジュゥ・チン・ニィ・ゲィ・ウォ ドゥ・イー・デン・デン・シィ・ジェン ザィ・ドゥ・イー・デン・デン・ウェン・ホゥ

   ・ 不要一切都帯走

    ブ・ヤォ・イーチェ・ドォゥ・ダィ・ゾゥ

   ・ 就請你給我  多一点点空間  再多一点点温柔

 ジュゥ・チン・ニィ・ゲィ・ウォ ドゥォ・イー・デン・デン・コン・ジェン ザィ・ドゥォ・イ・デン・デン・ウェン・ロゥ

   ・ 不要譲我 如此難受

    ブ・ヤォ・ラン・ウォ ルゥ・ツゥ・ナン・ショゥ

   ・ 你這様一個女人  譲我歓喜譲我憂

   ニィ・ヂェ・ヤン・イー・ガ・ニュゥ・レン  ラン・ウォ・ファン・シィ・ラン・ウォ・ヨゥ

   ・ 譲我甘心  為了你  付出我所有

    ラン・ウォ・ガン・シン   ウェィ・ラ・ニィ  フゥ・ツゥ・ウォ・スォ・ヨゥ

     (※ 毎回、歌での中国語のお勉強の時思うのは、この電脳上で

    簡体字を、日本の字に置き換えるのが面倒なのと、

   その発音はどうがんばってもカタカナ書きの限界があるという点です)

    まぁ、まぁ、それはともかく、最初書きましたように、チャゲ・アスを

  知らなくともこの歌なら知っているという中国の人は大勢います。

  いや、殆どの方がこの歌は知っています。それくらい流行ったんですね。

   歌詞の意味まで書いてると長くなりそうなんで、

   全体は、日本のアスカ作詞の歌詞は、恋愛から身を引く女性が歌われ

   中国のこの詞では、別れを告げられた男性からの未練の歌に

   なっている点がまるで違います。

    メロディーに乗せてみると、意外や意外、中国の歌詞の方が

  かなりシックリというか、ピッタリというか・・・・

  それって、わたしが中国語の歌詞の方でばかり聞いてるせいでしょうか。

    中国の歌のほうは

    こちらをクリックすると、「譲我歓喜譲我憂」が見れます。

   では、この歌でお勉強してみてください。

 

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2010年11月 3日 (水)

フェイ・ウォン 王菲 コンサート 2010年10月

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  フェイ・ウォン 王 菲 2010年 10月30日  北京

   知人から突然の電話が来て、何事かと思ったら、

   北京の「王菲コンサート」を見てきたたった今戻った、という。

    そのコンサートに出かける話も聞いてなかったし、

   「王菲」が好きだ、という話は以前にちょっと聞いたことが

   あったような気はしてるが、そんな熱狂的?なファン

   だととは知らなかった。

     何より、そのコンサートが素晴らしかったそうだが、

    そのことをわざわざ私にそれも唐突に知らせる意味が

    分からないままに、突然の電話に暫く付き合わされた。

     フェイ・オンのアルバムも2枚ほどは持っているが、2枚も

   と言えるほどでもないし、たった2枚とも言えないので、特別な

   ファンとはとても言えない私に、何故にこんなに切羽詰ったように

   そのコンサートが如何に素晴らしかったかを、訴えかけるのかが

   分からず、電話で相槌を打つ間中もずっと私はそのことのほうが

   聞にかかり、悪いが、多分の途中上の空で聞いていた。

     何年ぶりかのコンサートで、北京と上海で開催とのニュースは

   何処かで目にしていたし、そのコンサートの為のポスターを見て、

   ちょっと奇抜で独特のそのデザインは、相変わらずだな、と

   私の目には映った。

      相変わらず、とは彼女「王菲」の個性を大切にしたそういうもので

    髪型から、着るものにまで、思いっきり個性を出そうと言うその姿勢

    を感じられた。

     映画『恋する惑星』重慶森林 で、夢中人を歌い、

     「容易受傷的女人ロン・イー・ショウ・シァン・ダ・ニュゥ・レン」

     中島みゆきのカヴァー曲を歌ってたころの彼女以来、最近では

     「天使」だったかな、そんな曲を聴いたが、

     その程度の予備知識しかない私が何故に、フェイ・オンファン

    代表のように、コンサート視聴報告を長々と聞かされている。私が

    選ばれた理由は結局分からず終いだったが、

     

      電話の主は、こうも言っていた、

    今月(11月)は、上海でもコンサートがあるの、でもチケットが・・

      意味は、上海のコンサートにもわざわざ日本から出かけて見に

    行きたいらしいことと、かなり真剣に検討されていて、チケットの

    入手が困難らしく、それさえ解決すれば今すぐにでも準備に入る

    ような勢いだった。

 

     それに対しても私の答えは、日本人を代表するような、

    行けると好いですね、という全く当たり障りのない気のない返事だった

    のを反省している。

     電話を終えた後の私の感想は、

    そうい時代になったんだ、というある感慨が残った。

    これが大陸で最近は日本の歌手がコンサートを開いても同じような

    現象があり、日本から大挙してファンが押しかけてるのだそうだ。

      この点で二国間の距離は近い。

      だとするなら、近い将来、

     日本のコンサートに大陸からその歌手のファンが訪れ、

    或いは、大陸で人気の歌手が日本でコンサートを開いても、それを

    目掛けて、ファンがドットくる時代が来るのかも知れない。

      そういえば、何でも一部もうそうした兆しがあるようなことを、

     何処かで話題になっていたのを聞いた記憶がある。

     

     凄い時代になったものだ。

     さて、自分にそこまでして?見に行ったり聞きに行ったりするほどの

     偶像が居るかというと、ハテいない。

     そうした“人(スター)”を持てる人を少し羨ましくも思える。

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2010年7月29日 (木)

中国ロック(揺滾ヤォ・グン)の未来

  昨日の続きです。

  中国ロック・揺滾に未来はあるか?という話なんですが、勿論、その

  答えは簡単。未来はあります。揚々たる未来があります。あらゆるものに

  未来があります。その未来に期待しています。

    昨日も書きましたが私が特別そちらの方面に詳しいわけではありません。

  また、それら音楽世界に一家言あるわけではありません。

   私が、期待しているのは、現状中国の様々な問題を、表現する手段として

  ひょっとして、ロックはいいかも知れない、と思っている。

    表現方法として、爆発するような若者の不満や苛立ちを表現して止まない、

  そんな名曲とそんな演奏者は現れないものだろうか、と期待している。

    何時までも、崔健(ツィ・ジェン)じゃないだろう。もう彼が現れて四半世紀

  も経っているのだし、次の世代を代表する表現者が現れないだろうか、と

  期待しているし、現れるべきだ。

    おかしなもので、一人傑出した表現者が現れると、その時代には次々に

  そうした表現者が現れる傾向にある。

Tangchao1 それは、崔健が現れるとすぐに、黒豹が現れ、唐朝が

 現れ三者がいい刺激となって活躍したように。

 そして、唐朝のベーシストが確かバイク事故で亡くなり、

その弔いに、その頃のバンドが移動に会したあの時が、

    一つのピークだとするなら、あれから既にもう20年。そろそろ、

    次のピークが来てもいい頃だろう。

  そこで問題になるのが、ロックバンドが活躍するには

   必要不可欠なものがある。それは、一つは、

   ロック本領はレコードで聴くのではなく、ライブにある。

   それには、ライブをする場所の確保が必要で、この手のライブを常設できる

   店も無きにしも非ずだが、足りてないし、大きなコンサートはもっと大変。

    その大変さの一つに、政府の許可が必要という点がある。

   “自由”を歌いたいロックに、その“自由”を保障するだけの度量が中国に

   あるかどうかと、それを認めさせるだけの衝撃的な力量をもった表現者と

   曲がいつ出てくるかにある。

    “自由”とは、ロックでいえば、どんな奇抜な格好をしていても現代中国では

  別に、自由だろうが、本当の“自由”とはその時の為政者にとって耳の痛いこと

  も何の制限も無く言え、訴え、声高に叫ぶことができるかどうか、ということだ。

    

    で、正に今中国はご存知のように、一部暴動でもおきそうな緊迫した

  地域と、問題を抱えての発展を遂げているのであって、何時それが爆発する

  かも知れない。そんな今。

    そのエネルギーを是非、暴力的な表現ではなく、

  書くことが得意なものはそれを、文字で表現し、世界に小説という表現方法で、

  楽器が出来る人はロックに限らず、世界に訴え世界中の人が共感できる名曲

  を作って欲しいし、あらゆる芸術に携わる表現者の皆さんに、是非、そうして

  それぞれの立場で中国の現状を世界に発信して貰いたい。

    長くなるので結論を急ぐと、

  一つは、中国ロックの問題は、

   私はあまり知らないので間違っていたら教えて欲しいが、中国ロック界は何故

  まだあのように男社会なのか?という疑問。

   女性の表現者が見た自分たちの現状を表現した曲が出てきてしかるべき、

   と思う。

   更に、現状しょうがない部分もあるが、中国ロックがその地理的政治的に

   集約されている北京で皆、表現しているし、表現者が北京に偏っているのは

   何故?少数民族の人たちのロック奏者は出てこないものだろうか。

Beijing1 これは先に述べたように、許可の問題と、観客動員の

問題から、まだ北京に偏っているが、そろそろ小さくて

いいから地方の、小さなライブが出来るようにならないもの

  かと期待している。

    ロックについてずっと書いた来たのは、同じ音楽でも、他のジャンルの音楽

   では、そんな時代を変えるパワーを持ち得ないだろう、と思うからで、

   もし、それが可能であるなら、別にジャンルはこだわらない。

    というのも、実は最近は中国でも、ストリートミュージシャン、というのですか

    路上で自分の作った歌を勝手に歌って、訴えるスタイルが出始めています。

Qiong11 ただ、こうした人たちの多くは、

 「個」を歌い、「情緒」を歌う傾向にありますので、

 社会を動かすだけの力量を持っているとは思えないし、

 大衆の不満や鬱積を晴らすまではいかなだろう、と私は

   勝手に思っている。

    その点で、矢張りロックを注目しましょう。

    一つの曲が世界を動かし、人々を元気付けるそんな曲があるのです。

    それは、問題を暴力で解決したり、破壊的な行動で訴えるよりは、

    ずっと効果的で、合理的だと思います。

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2010年7月28日 (水)

中国ロック(揺滾ヤォ・グゥン)音楽の現状

Yuanduan1  先に断っておきますが、

 中国のロック音楽世界を書くことになった?が、

 私が特別この方面に詳しいということではなく、

 多分皆さんよりは少しは知っているが、それは、

 私の興味の対象が常に中国にあって、その一環としての

  興味の範疇でのことで、中国ロックスターのファンでもなければ、純粋な

  ロックファンでもない。因みに、日本のロックの話題になると全く知らない。

    ロックを中国語に訳す時、きっとその見た目から、体を揺すり、ステージで

  転がったりするから、こう名付けられたのでしょう。

    ロックは、揺滾(ヤォ・グゥン)音楽(イン・ユェ)と言われています。

    中国にロックなるものが入り込んで四半世紀、恐らくその出発点を誰もが、

   崔健(ツィ・ジェン)という歌手の出現に求めて異議ないと思うが、だとするなら

   ほぼ25年くらいの時間が経っています。

Cui_jiang 崔健(ツィ・ジェン)をはずして中国のロックシーンは語れない。

彼が最初のロックスターであり、最初に中国の人たちに、

何だこの音楽は?と思わせたその歌は、今でこそ誰もが

知っている「一無所有イー・ウー・スォ・ヨゥ」のヒットです。

 彼はその後も次々に、その独特の歌詞と謳い方で人々を

  魅了します。

   「新長征路上的揺滾」という曲なども、衝撃的でした。

   この後つぎつぎにこれに続くロック歌手は凄い勢いで増え始め、玉石混交

   の世界へ。

   それでも概ねいえる事は、この時期の中国ロックは正に中国が開放改革

   の旗印のもと、若者たちは急激な国外からの情報や新しい考え方に刺激を

   受けて、これまでの音楽表現方法とは違った路を探してましたので、ロックは

   正にその要求に合って、これまでの表現方法では表現し切れなかった、

   空虚や挫折や焦り、をロックという表現方法を借りて表現され、

   その意味でこの頃のロックは一つの黄金時代を迎えています。

    ですが、その頃のロックのメロディーはそれほど過激なものではなく、

   その主体はその独特の歌詞にありました。これまでこうした歌詞では中国では

   歌が成立しなかったものが、何かを訴える歌詞は若者を魅了しました。

    或いは歌の中に、語りというかセリフというか、メロディーに乗らない訴えも

   その直截故に若者に多く支持された、とも言えます。

    沢山のスターが出現しその全てを紹介することはできませんし、それが

  この文の目的でもありませんので、私の知っている範囲では、

   何勇(フー・ヨン)の「鐘鼓楼 ヂェン・グー・ラォ」 や

   張楚(ヂァン・ツゥ)の「老張 ラォ・ヂァン」くらいは紹介しておきましょう。

   メッセージの強いこれらの曲が受け入れられたのは、その時代の社会の

   背景と切っても切り離せません。

    沢山紹介したいアーティストを曲はあるのですが、興味がある方は調べて

  いただくことにして、

    このあと、実は中国ではこの盛り上がりようからはちょっと信じられない位

  ロックの大きな動きがなくなる一時期があります。

    それは、そうしたスターが出なくなったのか、時代が必要としなくなったのか、

  多分両方でしょうが、

    その時期は丁度中国の人たちが、経済に眼が向き、自らを顧みるそんな

  余裕さえなかった、経済至上主義の一時期でした。

    勿論それをテーマに歌った歌手がいなかったわけではありません。

   でも、それを誰も気にも留めず、経済活動に忙しかった、そんな時代に、

   その時代を揺するほどの、歌も歌手も現れなかった。

    そして、最近になってまたまた、注目されるいくつかのロックグループが

  現れ始めました。

Ershoumeiguis1例えば、五年ほど前に現れた

 二手玫瑰(アール・ショゥ・メィ・グィ)は、グループ名

 ですが、彼らのそのグループ名の付け方、

 二手は、セカンドハンドですので、セコハンの意味

 セコハン(中古)のバラ、というこのグループの

 出現が大きな話題となりました。

   ハルピンという北の街で生まれた彼らの、

    中国東北地方の伝統の部分と、ロックという新しいものを結びつけ且つ、

   その奇抜な衣装やステージ演出は毎回毎回話題となっています。

   実は私は「娯楽江湖」という曲でこの人たちを始めて知りました。

   更にこの近辺に幾つかの特色有る歌い手が繰り出しまた少し盛り返しています。

   黒豹(ヘィ・バォ)や唐朝(タン・チャォ)という人たちも見逃せません。 

     それで、最初に述べましたように私はそんな詳しくもないし特別興味もない

   のですが、

    結論を急ぐと、

    私が今期待しているのは、今後、また中国を動かすだけの、

   スターが現れ、爆発的ヒット曲が生まれるだろうか、ということです。

    土壌としては今正に中国では、そうした曲が生まれておかしくない

   そんな社会の状況にあると私は思っています。

    人々の「不満」や「不安」

    「焦り」や「日常の矛盾」が渦巻いている中国の現状からするなら、

    今こそ、中国発信の或いは、中国国内でもいいですが、大衆に訴え

    誰も共感し、誰もがこれこそが自分達の言いたかった事だ!!

    と叫べる唄が出来るフツフツと湧き上がっている人々の不満を

    果たして一曲の曲で見事に表現しきる人が現れるでしょうか?

     それを期待し、見ています。

     重い思想が嫌われる傾向に全世界がありますが、

   その国の発展途上の状況と、表現形式と、表現者が巧く合えば、

   その時代を代表する歌が現れるでしょう。

     嘗て日本ではフォークソングの時代がありました。

     中国にロックの時代は来るのでしょうか。  

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2009年12月11日 (金)

08年12月11日、函館国際ホテルー第五天

  今日も函館はとてもよい天気です。明け方はかなりの冷え込みだったようで、

 北国特有のリンとした空気を肺一杯を吸い込むと、鼻がツンツンとする、そんな

 真冬の天気の好い一日となりました。

  08年12月11日も、確か夜にほんの少し雪が降って、朝起きた時薄っすらと

 道路が白かったのも、通勤時間ともなればすぐにそれが融けてなくなりました。

  この日も好い天気でした。

   ところで、昨年と今年では曜日が一日ずれてまして、昨年の11日は木曜日

  でした。

   この中国からの演奏家達は、韓国から函館への便を利用しておりますので、

  日曜日に函館に入り、一週間函館に滞在後、日曜日函館を発ったわけです。

    

   この日は五日目。

   昨日の森町での演奏の帰りが遅くなることを予測して、五日目のこの日の

  午前中は予定を入れず、空けておいて、夜に、函館国際ホテルでの食事を

  かねたある会での演奏を予定、

    午前中はこの時間を利用しての、買物へ。

    中国からの旅行者の購買力が何かと話題になっておりますが、

  確かに、この方達も、大型家電店を目指し、買物を。

   ビデオカメラ、デジタルカメラ、小型DVD機、ゲーム機、お土産でしょうか

  髭剃り機等等をお買い上げ。かなりの購買力です。

    実は最終日に買物日の予定で一日まるごと時間を空けて、何をしても

  いいように配慮はしておりましたが、この日の買物にもちょっと驚かされ

  ました。

    更に、この方達がこちらへいらっしゃって初めて気づいたのは、

  昨日書きましたように、中国・瀋陽市は内陸の地にありまして、海もありませんし、

  ご存知でしょうが、一般に中国の方はあらゆる食材には火を通して食べる、

  つまり、ナマの物はあまり習慣的に口にしないとの思い込みから、私は、一緒の

  食事もできるだけそうしたものを、と思っておりましたところ、意に反して、

    函館へ来たのだから、海鮮を味わいたい、

   との要望に驚きました。そうなれば函館は何の苦労も要りません、早速

  皆で海鮮が食べるお店へ。函館は沢山ありますので、海鮮を食べて戴くの

  であればその種類も多く毎日でもいいので助かります。

    この方たちはそう言えば、外へ出る機会が多いので、きっとそうなんでしょう、

  ナマ物も大丈夫でしたし、何より魚料理を食べていただけるのは、地元の者に

  とっても嬉しい限りでした。

   残念ながら、一緒に遊びまわっていたせいか、この日の買物様子や、

  海鮮を味わうこの方達の写真がありません、自分では撮ったつもりでいたのですが、

  きっと一緒になって、楽しんでいたせいでしょう。

   先日のコンサートの様子や、その後の活動が次々と新聞紙上などで

  紹介され、それを全てお一人お一人にその新聞を記念に差し上げ、

  とてもよい記念になると喜ばれました。

Baozhi_1北海道新聞 みなみ風

「悠久の調べに酔いしれる」

 函館で中国民族楽器

  演奏会

Baozhi_2    

 函館新聞

   「二胡、揚琴美しい調べ」

   中国民族音楽コンサート

Baozhi_3      函館新聞

   中国瀋陽音楽学院・妙見寺で演奏会

    「幻想的な雰囲気

      本堂に音色響く」

   取材いただいた各社記者の方、

  掲載いただいた新聞社にこの場をかりてお礼申し上げます。

   さて、夜の予定の国際ホテルでの演奏も、私が司会と通訳とを担当し

 他の者が会場に入っておらず、控え室で演奏家達を手伝っておりまして、

 残念なことに、この場での写真もありません。

  (どなたかこの日の写真をお持ちの方恐れ入ります、ご連絡下さい。)

    演奏に先立ち、国際ホテルの方のご配慮で、

  国際ホテル、中華部木村コック長の料理を皆でいただきましたが、

  この日のお料理は中国のお客様に大好評、もっともこのお料理は多分

  木村コック長がこの日の為に特別誂えで、お出し戴いたものでしょうが

  見た目も素敵、味も特別美味しい、お料理でした。

    ありがとうございました、木村コック長、

  ならびに、準備の段階から何かとお気遣いいただきました、

  国際ホテルの皆さんに、お礼申し上げます。

                 函館日中友好協会

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2009年12月 8日 (火)

08年12月8日・コンサート当日、天空に響け『悠久の調べ』

  昨日から、丁度一年前の今日、を振り返り、函館日中が主催し行われました

 中国瀋陽市から5名の演奏家をお招きしての、 中国民族楽器・悠久の調べ

 コンサートの様子をお知らせしております。

  今日(09・12・9)函館は昨日の雪もやみ、とてもよい天気です。

  丁度一年前、2008年12月8日、この日函館は日中こそ好い天気でしたのに

 コンサートが始まる頃から雨が降り出し、コンサート由は大雨となり、このことを

 コンサート会場に詰めっきりの私は全く知りませんでしたが、コンサートも終わり、

 後片付けをして、楽器を運び出そうという段になって、凄い雨に驚き、雨からどうやって

 この楽器を濡らさず、車に積めるだろうかと、不安になり、大雨だったことをその時に

 なって始めて知りました。

   5名の演奏家が来函して、二日目。何度も何度も練り直され、何度も変更を重ねた

 スケジュール表は書き加えられたメモもあって、字が躍ってます。

  この日の予定は、午前中は、函館市市役所へ表敬訪問。市役所見学のあと、

 彼女らの希望で、日本の行政機関である、市役所に食堂があるのならそこで、

 ということで、市一般食堂で昼食を。昼食後一休みして、会場である函館芸術ホール

 へ、移動。午後はリハーサル時間をたっぷりとり、午後6時の開演を待つ、

 というのが大まかのこの日の行動予定でした。

81 予定通り、この日の行動は進みました。

 ホテルに迎えに車で向かい、5人を乗せて函館市役所へ。

 市の国際課・高井さんにお世話になりました。事前に準備も

 していただき、また、たまたま市議会会場まで案内して戴き、

 中国からのお客様も滅多に無い体験に大喜びの様子です。

 上の写真の、市長席に座りご満悦なのが、劉剛 団長、

 議長席に座り喜んでいるのは、揚琴奏者の 于海英、

 委員席で質問の手を挙げて演出している4人の演奏家達

 彼女らの手の挙げ方にも注目、日本とはちょっと違います。

 左から、于海英老師、陳窈(古筝)、李ルールー(琵琶)張明(二胡)のそれぞれの

 先生達は、とても愉しそう。本番前でもかなりリラックスムード。もっともこの人達は

 日本に限らず世界中に出かけて演奏活動をしているので慣れっこなのかも。

  約束どおり、市役所食堂で皆さん「面」を召し上がって、お昼を。

82  午後には、函館市芸術ホールへ移動。音楽専門施設がある

 そんな光景は慣れておられるでしょうが、劉団長の指導の下

 リハーサルを。リハーサル中の珍しい写真。不断の服のまま

 一当たり全て、通しての稽古と、劉団長は会場を隅から隅まで

 行ったり来たりして、それぞれの会場の位置での音を確認

 しています。矢張り音にはとても神経質です。

 その間こちらは割りと暇でして、その前までが忙しかったので

  こちらは、束の間の休息。上の写真の琴の右に立派な盆栽の松が見えてますが、

  こちらも地元盆栽愛好の方からこの日だけご好意でお借りできたもので、ステージ

  は演奏家を引き立てるため、出来るだけシンプルに、というのが私の考えでした。

   ステージ上部に良くある「函館日中協会創立35周年記念」の看板を挙げましょう

  との意見もありましたが、私の考えは、お金を払ってコンサートに来ていただく

  お客様には直接そのことは関係ないので、そうした一切の看板もない、純粋に

  ナマの中国民族楽器の魅力を体感して戴くこととし、余計なものはステージ上には

  一切ありません。

83  コンサートが始まりました。会場は一杯のお客様です。

 後になって、色々な方からよく会場を満杯にするだけお客様

 を呼べましたね、と感心されますが、勿論各位の努力もあった

 でしょうが、何といっても中国民族楽器の魅力がそうさせた 

 のだと思います。演奏のプロでもない、有名でもない、演奏家

 が函館へ来て演奏をする、ただそれだけでこれだけの人が

 集まっていただけました、600名を超えるお客様は、ナマの

  民族楽器の魅力を好く知っておられて、来ていただけたものと思っております。

   型通り、挨拶からはじまりました。舞台上で劉先生のご挨拶を、直接通訳して

  いつのも私ども協会会員(志村さん)が務めます。何から何まで手作りの感じの

  コンサートですが、その規模は会場にいらしていただいたお客様が一番お感じに

  なって下さったと思いますが、演奏が始まるやそれはそれは、素晴らしい演奏でした。

84_2 揚琴ヤンチンの于海英 ユー・ハィ・イン 老師の独奏、

 揚琴のバチがあのようにいろいろな使われ方をするのを

 始めて知りました。ただCDを聴いていただけでは分からない

 技法です。

 古筝グーヂェン演奏家 陳窈 チン・ヤォさんの音は

 日本の琴とはまるで違った音色の、奏法もきっと違っていたの

 でしょうが、この楽器の音色も素晴らしいものでした、

 琵琶ピィパァ の 李路路(路の前に王篇が付きます)リールル

 さんの琵琶は日本人がイメージする琵琶の音とは別物です、

85 二胡アールフゥ の 張明 ヂァン・ミンさんの演奏はこのところ

 日本人の耳にも馴染んできた 二胡の音色はナマで聴くとこれは

 また別物の、音色で直接私たちに訴えかけてくるものが

 あります。

  団長である劉剛リュウ・ガン先生は、琵琶演奏家として名高い

 のですが、第二部で一曲だけ披露してくれました

  その《十面埋伏》は、この一曲だけを聴きに来てもこの日の

 コンサートは成立するのでは、と思わせる心打つものでした。

  二部では日本の楽曲をそれぞれ、この四つの民族楽器に

  乗せて演奏していただきました、多くはこちらからリクエストを出してこちらの要求

  に添って演奏していただきました。曲が終わるたびに、舞台の裏側にいる私ども

  にもその拍手の音が何時までも何時までも聴こえるそんな素晴らしい、

  コンサートでした。会場とも一体となって、演奏家達が次々に紡ぎ出す音は、

   当日いらしていただいた全ての聴衆の皆さんの心を十分に揺さぶったことと

  思います。忘れれられない、一夜となりました。

   (当日の会場の全てを録画したDVDがございます、ご希望の方はご連絡下さい)

   2時間予定の演奏時間をはるかに越えて皆さんのアンコールにも応え、会場の86

駐車場係りの人が心配するほどにも盛り上がり、終えたあと、

夜も遅くなり、それから、ホテル近くでの打ち上げとなりました。

 誰もがホットし、誰もが今今の高揚を抱え、愉しい夜となりま

した。わざわさ札幌日中から、古本理事長も駆けつけて下さり

コンサートを聴いて下さいました。

 たった今済んだばかりの感動を確かめ、話し合い杯を

 交わしておりました。ここでも中国語が飛び交い、それを

 会員で中国語が出来るものがサポートするという、身内

 だけの愉しい時間を過ごしました。

  劉団長から、函館日中に記念の「書」が贈られ、二人で記念の写真を。

  夜遅くまで、何時までも話し合ってましたが、いつまでもいつまでも、

  話が終わらないようなそんな、ながいながい一日が終わりました。

   最大の目的である、コンサートはこうして無事終えることが出来、

   函館市民の心にいつまでも残る「音のプレゼント」が何よりの、記念となりました。

  

   ここに到るまでにも、また、当日を含めてここに書ききれないくらいの

  多くの方のお世話になりました、また、多くの方に支えられ、決して大きな組織

  ではない函館日中がこのような大きな企画を成功裡に終えられましたことに、

  ここに改めてお礼申し上げます。

    ありがとうございました。

                       函館日中友好協会 

 

 

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2009年12月 7日 (月)

昨年 の 中国民族楽器コンサート を 振り返って

  今日、函館は朝から雪です、Yinyuehui

 積もりはしないでしょうが、今も

 降っています。

  暦をみたら今日は「大雪」と

 ありました。暦ってけっこう良く出来てます。

   丁度、一年前の昨年の今日、函館日中友好協会では、

   翌日に、「中国民族楽器・悠久の調べ」のコンサートを

   控え、その準備に追われておりました。

   昨年、この時期は雪ではなく、まだ道路も乾ききっていて、

  寒さは

これほどでもなく、とてもよい天気でした。

   このコンサートが画期的で、特徴的だったのは、

  このコンサートの企画段階から、終えるまでの全ての準備と迎え

  入れてのお世話から、各交流先の手配まで、あらゆることを全て

  私ども日中友好協会が所謂そうしたプロの力を借りずに内輪の

  人たちの手助けで成し遂げた、という点と、

    中国民俗音楽のコンサートを中国からのその専門家を5名

  お招きして開催し、それが、ここ函館の地を目指して、5名の

  中国瀋陽音楽学院の先生方5名がいらっしゃり、函館での演奏

  をされ、そのまま、函館の地で音楽交流をされて滞在されお帰り

  になった。つまり、此処だけの為にこの先生方はいらして下さった

  という点でとりわけ特徴的でありました。

    このコンサートを中心に、一週間の間函館の地で繰り広げられた

  民族楽器を通しての地域での交流の様子を、丁度一年目を迎え

  ますので、改めて、ホームページで多少紹介しておりますが、

  この欄でも、この一年を振り返りながら日を追ってこの一週間を

  日毎に今日から毎日紹介させていただきます。

   コンサート前に、すでに私どもこのコンサートの実行委員会は動いて

  おりますが、幾つも幸運にも恵まれ、いろいろな方にご協力をいただいて

  おります。実行委員会・委員はわずか6人。ここから準備が始まり、

  全くこれまでこうしたコンサートなど開いたことも、係わったこともない素人

  集団が、恐る恐るその準備をしている段階で

Pannfu  こちらは、コンサート当日の会場配布のパンフですが、

 先ずその前にポスターを作ることになり、誰もそんなことを

 したこともなく、困っているのを見かねて、

  FM・イルカ パーソナリティの 橋本 孝 さんが

 ボランティアでポスターデザインをかって下さいました。

  このポスターがまた、セピア色に色調を抑えた大人のポスターとして、

  ともすれば派手派手目立とう!ポスターが多い中で異色の、素晴らしい

  パスターとそして、パンフが出来上がりました。

    また、同じく FM・イルカ の 山形敦子 さんにコンサート当日の

  会場・司会者をお願いしたところ、快くお受けいただけました。

    その間にもこの、瀋陽市からのお客様をお迎えするための準備が

  こちらでは進んで、入国申請の書類や、チケットの手配、入国後のホテル

  の手配、楽器の運搬準備など、こちらも何度も言いますようにこれまで

  したこともない、全くの素人がその準備を進めて参りました。

    驚いたのは、予定していた、瀋陽→千歳の国際便が突然この近くで

  航空会社の都合で、利用できなくなり、急遽チケット手配を、切り替えて、

  瀋陽→韓国→函館の、乗り継ぎで入っていただくことにはしたものの、その

  際の当初の予定にはなかった、韓国一泊のホテルの予約、楽器の保管

  などの問題を全て、なんとかメールの遣り取りで間に合わせることが出来ました。

    この間の遣り取りは全て団長の劉剛先生とのメールの遣り取りです。

  先生はこちらの手配にも余り文句も言わず、突然の変更にも、飛行機会社

  のせいですからしょうがないでしょう、と泰然自若としてもの。流石中国人は

  懐が深いというか、こちらのお願いも軽く応じて下さいます。

  

    さて、ということで、この5人の先生方は実際には12月の6日、瀋陽を

  後にして、韓国に入ってます。瀋陽を離れる際にも間際にメールをいただき、

  あぁ~いよいよだな、と思わせるものがあり。こちらが勝手に予約した、

  韓国仁川空港近くのホテルも、ネットでその画像を確かめ、送迎があることを

  確認し、中国語通じることもチェックし、予約しました、それでも楽器の扱い

  など心配はありましたが、電話で連絡が来て、大丈夫!とここでも太っ腹。

   7日、函館は好い天気でした。仁川→函館の国際便は午後に函館に

  着きます。勿論、受け入れ側である我々実行委員は函館空港へ出迎えに、

  このとき、私が独り、劉先生とは会ったことがあり、面識がありましたが、

  他は全員私も含めてこの日が皆初対面です。

    かなり、空港出迎えロビーで待たされて、やっとこの5人が楽器も有って

  大量の荷物と出てきた時はホットしました。

    実はこんな取り組みをして始めて経験したのですが、何がプレッシャーと

  いって、もしも何か天候とか他の要件で、この人たちがコンサート当日に

  間に合わなかったのなら、チケットは売ってしまっているし、会場は押さえてるし

  全てその準備に入ってますので、どなるんだろう?とそんな心配でした。

   冬季の天候はありえないことではありませんし、アクシデントはどこにでも

  ありますので、この点が最大の心配でした。来てさえくれればあとはもう

  なんとでもなるのでしょう、と。

    何せ素人の企画なもので、

   この人達が着いたその次の日がもう本番という日程を組んでましたので、

  後になって学習しましたが、ここに余裕をもっていないとダメだと知りました。

   ですので、もし一週間滞在するなら逆に、後ろに本番の日を設けておいて

  来てから少し環境に慣れてもらい、また、万が一の備えも必要であることを

  後になってしりました。

    到着後さっそく、実は函館丸井今井デパートでデモ演奏家を予定していて

  時間の方も心配でしたが、何でもこの人達は、大丈夫、と請け負ってくれて

  実際大丈夫でした。凄い!!

    夜、歓迎の宴。と、いっても先に言ったわずか数名の実行委員会と

  お客様5名の10数名の歓迎会は、日本料理のお店でしましたが、

  明日の本番を控えていても余り緊張とかしないのか、とても少人数の

  打ち解けた宴会が、続き、愉しかったのを昨日のことのように

  思い出されます。

    ということで、明日からもこの5人の演奏家の函館滞在の様子が

  振り返ってお伝えすることになります。

   どうぞ、ご覧下さい。

   ということで、この一週間は他の関係は触れることができませんので、

 予めここで、函館市国際課から送られてきた、催しものご案内を

Kyokutou_gaidagku  ご覧のように

 8日16時開演、

 函館市民会館大ホール

 入場無料だそうです、

 詳しくは、

  ロシア極東国立総合大学

  函館校

  のホームページでも

  ご覧いただけるようです。

   どうぞ、ご覧下さい。

   更に、

    中国国際放送局日本語部の 『かけはし』を

  函館日中宛てに大量にお送りいただきました。ありがとうございます。

  希望者に配布したいと思っております。

                 お礼をお知らせです。

      函館日中友好協会

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