2022年10月 1日 (土)

国慶節 グォ・チン・ジェ

  10月1日、国慶節です。建国記念日ってやつですかね。

 一週間の大型連休!!待ってました!!・・・ってことで

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   上海駅はこんな感じ。

  これはもう、デパートの特売場がどこまでも続いてる感じ?

  人また人ですね・・・

   一方・・・政府では

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   毎年やってる 烈士記念日に人民の英雄に献花・・・

  ってんで、こんな感じ?

   これって、まぁ勝った方の?国ですからしてこうなるんで

   日本だと 靖国のあの慰霊の日・・・的な反対のことが。

 

    どちらの国もそうですが、

   そう、忘れちゃならないことはあるんですよ、

   記憶に留めておく、きちんとそれを受け継ぐ・・・大切です。

 

   ですが、

    それが、英雄を讃えたり、戦没者を悼んだり、

   ではなくですね

 

    いまのホラ!

   ロシア、ウクライナを見てもわかるじゃないですか

   戦争をしない!

     戦争ほど馬鹿げたものはない・・・

   そういう記念日にしてくれないですかね。

 

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2022年9月30日 (金)

これまでの50年と、これからの50年

   大分依然ですが、実はわたしは、この年、この日、50周年の

  記念の日ですね、昨日終えましたが、数年前ですから当然全く

  予測のつかない状態で、わたしが考えていたのは・・・

   この日に、中国側から何か贈られてくるだろうか・・・と、

  密かに思っていた。それはもう数年たった時点で関係がこれでは

  まぁそりゃないか!!とは気づいたが、

   もし、ですよ、もし、この関係がもうちょっと良かったなら

14981161245189205524 パンダの次は何だろう・・・なんて

   勝手に考えてた。

   記念式典もさることながら、中国からド~ンと何かが贈られて

   きて、「あれまぁ~」となるんじゃないかと・・・

   なりませんでしたね。なるわけがない??そうですね・・・。

 

     この50年を振り返って、ちょっと書きました。

   期待はこの後ろの50年ですね。

    歴史はまぁまぁいろんな条件はあるもののその80%くらいは

   ニンゲンがつくるものですよ、

    ニンゲン対ニンゲンです。

   とりわけ、国と国の関係で行くと、その首領、トップの処し方に

   大きく左右されると考えていますね。

     いろいろあるんですが、乱暴に言うと時のトップが互いに

   影響しあいます。

 

     ・・・・そこで、

    話がこの話題の書き始めの、先週から書いてますがこの話題、

   またまた、習近平のところに戻るわけですよ。

 

    彼が中国のトップで、最後のその戦中世代??というか、中国の

   文革世代の最後というか、

    この次の、この後ろの人に期待してますね、

    だからこそ、彼には今回交代??して欲しかったんですが、

   これでまた数年遅れることにはなりますが、

 

     まぁ、確実に時代は推移してゆくので、

   この後の世代、この後のリーダー、この後の中国庶民は

   これまでと違うということですね、

   大きく変わるでしょうね、

 

     その時、

    日本側にその変わった中国を見極めて

    対応するそんな政治家や、世論?があるか??が

    この先の問題でしょう。

 

     先、50年はわたしは見れないなぁ~

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2022年9月29日 (木)

日中友好、この50年、蜜月のころ

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   ・・・・この50年、まぁ人間だと金婚式だよね~

  と、書いてきた。

   こっからまた、ちょっとたとえ話で簡単に?すませて

  いいですかねぇ~、たとえ話は抜け落ちる部分も多くて

  危険?なんですが、まぁ、分かりいいですからね。

 

    この50年を振り返って、

   あったんですよ、この二国にも蜜月時代が。

   ぼんやりですが、上の画像のような、

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   こんな時代ですかね。

   これをそのたとえ話、ニンゲン界で言うとですね、

  例えば、日本を男性、中国を女性側として・・・

  ほんとの気質はこの逆がいいんですが、まぁまぁ、

   結婚当初双方は何もわからず??生活を始めましたよ。

  そのあと、お父さんが一所懸命家庭にお金を入れた?運んだ?

  そこでその家庭は平和を保ち、お母さんもお父さんに感謝!!

 

   しばらくするとこれが逆転までも行かなくとも、

  お母さんだって最初は少ないが収入を得るようにもなり

  ご存じのようにそれは近年では逆転!!

 

    で、今更、お父さんの方は・・・

   あの家具も自分がかったものだ・・とか、(北京地下鉄は、

   とか、あの飛行場はわたしの金で・・・)

   等と言い出しますが、そんな一緒に暮らしててそれは

   当たり前でしょ!ってのがお母さんの言い分。

 

     そして、今や立ち場は逆転!!

   

    ってのが、乱暴な説明ですが、

   つまるところ、経済のところでは上手くいっていたかのような

   双方の誤解がありましたね、

     それって、一時の誤解でした。

 

     昨日も書きましたように、

    双方はそれぞれの”個”があるわけですから

    それをみとめないかぎり、双方の”文化”を許容しないかぎり

   このすれ違い??はずっと続くんでしょうね。

 

    実は、すれ違っていてもいいんですね、

   すれ違っていることをキチンと理解したうえで、

   お付き合いすれば。

 

    ・・・・ちょっと乱暴するぎるたとえ話でした。

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2022年9月28日 (水)

日中国交、50年の相互誤解

Fb

  まだ、この話題です。昨日書いたのは、両国のその違いが

  存外、ご本人?は意識していなくとも、その振る舞い?が双方

  のものごとに対する所作?処置から違っていて、実は双方とも

  そんな深い意味?はないし、そうした意思表示でもないのに

  双方が読み違えるところに端緒があるんだということを書いた。

 

   さて、そうした眼でこの50年を少し見ていきますと、

  もうちょっと分かりよいかもしれません。

   中国の”文化”として、そのもてなしの上手さ?といいますか、

  客人として相対したとき、向こう(中国)のその客に対する

  もてなしは礼を尽くし、とても客人をいい気分にさせます。

  これは上手?ですね、もう客人を勘違い?させるくらいいい気分

  にさせてくれる・・というか、持ち上げる。

   それはそんなに嫌味じゃないですね、身についてというか、

  そういう経験ないですか?商談なんかで中国へ行った方の最初の

  あの歓待ぶりを思い起こしていただければ、お分かりいただけると

  思います。

 

    さて、あの周恩来×田中角栄のあの会談も例外ではありません。

  日本側には、こちらのというのは日本の事情が色々あってそれはもう

  あの当時は大変だった・・ってなお話を先日も娘さんの田中真紀子

  さんが、内訳話としてお話になってますが、そりゃそうだったんでしょ。

    それはそれとして、あの日、あの時の、あの中国の歓待ぶり

   あの対処にちょっと面食らったはずですよ、日本側は。

   同じように中国だって国内のいろんな事情もあって大変では

   あったわけですし、それは両国問題を抱えていました。

   ・・・・が、そんなことを超えて、あの接遇があの歓待ぶりが

   あって、日本側は相当驚いたはずです。

   昨日の話でいうと、凄い勢いと凄い音を立ててドアが・・・

   まぁ、あの時は開いた??んでしょうが、とにかくその勢い?

   に驚いた。

   中国側もある程度は予期?はしていたが、こんなんで、そんなに

   日本側が驚くのを見て、逆に??驚いたと思いますよ。

 

   ずっと、こうやって書いてくときりなないので多少端折ります。

 

    次の中国の一手がこれまたすごい!!

 

    その直ぐあと!!

   翌月ですよ、

    パンダがやってくる。

    中国側から記念に??とパンダが・・・

   これにもまた、日本側は驚かされる・・・

 

   ・・・というように

    実はこれ、日中双方の”文化”の違いにあるだけで、

   中国側にそんなに無理?はないし、どこまで期待?してるかも

   分からない。

     日中双方で・・・特に日本側が往々にして陥るのは

   日中双方、そう見た目??も変わらす、互いに似てるもんですから、

   また、当たり前ですが、橋を使って食事をしたり、顔が似てたり、

   ついつい、な~んだなんにも変わらんじゃないか!!と日本人は

   思うわけですよ。

    これが、相手が金髪で青い目をしてたなら、まるで対応が違う。

   最初から相手は違う”文化”を思い、何かあっても、あの人たちと

   違う!!とはなから思ってるので、違うんだよね・・・と理解??

   してる。

     これが、中国ですと・・・・

   でしょ。

 

    では、中国側にはそうしたものがないかというと、少ない。

   なぜなら、相手(中国)は多民族国家ですから、最初からそうした

   自分たちに姿かたちが似ていようがまるで異質の”文化”考え方に

   あることを身をもって知ってるから、日本人が自分たちと違って

   いて当たり前で、不思議には思わない。

 

     の要因もあって、双方はこの50年、ずっと

   互いに誤解をしあって繰り返し、実はこれからだって・・・・

   ってことを認識しないと、いつまでも同じでしょうこの誤解は

   この50年、昨日も書きました人間だと結婚生活だと金婚式の

   この夫婦(双方)の蜜月時代が長くないのは・・・

    って話を明日に。

  

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2022年9月27日 (火)

金婚式の日中国交

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  まだこの話題です。

  50周年を迎えたわけですが、これ、結婚でいうと・・

  金婚式ってことになります。

   ただ、一緒に住んでたり、暮らしたりしてるわけじゃないので

  同じ50年でもそうとう開きはありますが、とにかく50年・・・

 

   中国に限らず!!ですが、そうそう関係がうまくいくわけがない・・

  ですよね、それなのにみなさんが期待??してるのは・・・

  これって、個人の段階でも国の段階でもそうそう違いはないと思います。

   相手の良い面ばかりを期待?したり、もめ事を嫌うのは、まぁ双方

  強弱の違いがありますが同じなんでしょう。

 

    こっからは例え話になります、こんな話で合ってるかどうか・・・

 

    例えば、ある話し合いがありました。物別れとなりました。

   そっから退場する際にですね、

   何らかの影響、風でしょうか、空気の流れや、ドアの具合でしょうか

   出ていくとき自分の意に反して、ドアが大きな音で バターン!!と

   力強く?閉まっちゃうことがりますよね、

   ドアを閉めた方でもそれは意図していなかった。自分でも驚くような音!!

   こんなに大きな音をさせたのは、相手を驚かせたかなぁ~とは思うものの

   もう閉めちゃったし、単に?ドアの開け閉めの問題だしと引っ込みがつかない、が、

   それを聞いた相手の方は、あぁ~怒ってるんだ!!そうとう不機嫌だぁ~と

   判断しても不思議はないでしょ、感情に任せてドアを閉めたんだよね、きっと。

   あれは意思表示でしょ・・・・と、

    思うわけですよ、これまた普通でしょ。

    で、こんどは逆にそれを知ったもう一方は、静かに静かにドアを閉めるんですね、

   同じ条件下ですから、そんな風もあって、油断したらドンと閉まりそうなものなのに

   加減してそっとそっと音もたてずに閉めました、

    それを見たもう一方は、何だよ!そんなこっそりと!!こっちの音におじけづいたのか、

   それとも、何か意図するところがあってあんなに音もさせずに・・・・と

    思うわけですよ、普通でしょ。

 

    これで、双方は双方を見誤る。

   双方ともまったくそんな、相手の考えているようなことは、はなからないのに

   相手をよむ。よんだが上で、相手の対応をそうとばかり考え次の一歩に踏み出す、

   そっからさきはもう行き違いですから、どこまでも交わらない。

 

     そんな日中の50年というのが、わたしのこの50年の感想です。

 

    むろん、上の例えばなしの

   ドアをはからずも?大きな音でしめるのが 中国

   ドアを気を使いながらしまるのが     日本

    というので、どうでしょう、お分かりいただけるでしょうか。

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2022年9月26日 (月)

盛り上げる?のは日本だけ??国交正常化50周年

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   この日から50年がたった。

  その記念の年であり、記念の日が近づてきた。

   日本の報道もその日が近づいていることを

  知らせる記事が多くなってきた。

   まぁまぁ、記念の年ですから・・・・

  

   たまたま、その記念の年が両国にとって

  そういう環境といいますか、一緒に祝おうよ!!ってな

  そんな雰囲気だといいんですが、

   そこはそれ!色んな時々の情勢??ってんですか、

  その近くの関係なんかもあって・・・

 

   先ず、一つ言えることは

  こうした、記念の日??ってのは別段日本だけではなく

  中国だって嫌いではない・・・いやどっちかってたら

  好きかな・・・

   そこまではいいんですが、

 

   まずこの日、記念の日のすぐあとが、これは50周年に限らず

  ですよね、毎年くる中国は国慶節!!ですよ!

   一週間のお休みをひかえ、庶民の関心はどうしたってそちらへ。

  また、前にもこの話題ではないですが、ちょっと書きましたよね

  日本では・・・ってか、日本だけでしょ、

   対中国のこうした対応は

   ほかの国ですね、例えば、モンゴルとの国交もまた50周年だと

  思いますが、騒ぎませんよね、騒ぐと言って失礼なら取り上げられない!!

   何故か、こと中国との関係となると、

   その大きさってんですか重さってんですか、量的にも多くなる。

 

   まぁ・・・お祝いですからね

  でも・・もちょっと普通に??ってか、そっちのほうがよくないですか。

 

   

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2022年9月24日 (土)

チィナ7なの9なの

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   もうあと一か月をきりましたから、

  そろそろ日本の報道でもこの話題がおおくなってくるんでしょう。

   中国、次期体制は・・・

  ってやつですね。

 

   まぁ、そんなことは向こうさんの?決めることですから

  決まったら、あぁ~そんなんか~と・・・

  いうことでいいんですが、

 

   いつも、思うのは得てして?日本の報道はその

  トップの人事に関わってますし、いまも報じてられるように

  習近平の続投や如何に??・・的な。

 

    それよりもですね、もうちょっとですね

   これはまた

   確定的なことは言えないんですが、

   要するにトップからの9人、チャイナナイン

   だったり7人で構成することもあるのでチャイナセブン

   だったりの常務委員ですね

   もっと言えば、中央政治局ってとこにですね25人の

   中国を引っ張っていく人たちがいます。

    まぁまぁ、25人はちょっと多くて紹介しきれないでしょう

   そのまた上の常務委員

    こちらはもうちょっと丁寧に??ですね紹介ってか

   取り上げたほうがいいんじゃないの・・・とは

   いつも思ってみています。

   

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2022年9月23日 (金)

結党100年の共産党と、その10年の習近平体制

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   つい先日ですよね、こちらの式典もありましたし、

  日本でも報道されてましたのでまだ記憶に新しいと思いますが、

  中国共産党の歴史の中で、

   先日来の習近平体制はこの10年と、まだ先がありそうです。

  100年のうちの10年ですからね・・・・

  まぁ中国では普通に??10年くらいを目途に交代してます。

   日本ではほら!自民党だって似たような戦後のやや100年を

  政権党として君臨?してますよね、

   そん中で先日の、安倍晋三首相は長く??やったんで、国葬だ

  そうじゃないですか、

    まぁまぁ長さはともかくとして・・・ですね、

   何をやったか??ですね、

 

   先日来お話てますが、結局国を動かす!!

  その機構の上の方の数名は、いかんせん権力の争いというか、

  どう自分の思うがままに政治を動かすか??となれば、

   その奪還がその維持がその権力の発揮が問われます。

 

   日本の場合、一応??民主主義???といってまして、

  自分達は選挙で選ばれたことがその支え??となってますが、

  それすらも、先日来の戦況期間中の色んな話だと怪しいんですが

  表向き?は一応、皆から選ばれてる!!

    中国はそれがない国なだから・・・という

   ご批判をよくされてますが、

   確かに!中国にはそれがなくって、ある意味、むき出し?の

  権力移譲、奪還、の動きにうんざりさせられますよね。

   そして、そうして必死で?得た権力は結局その維持が難しい

  維持するために、どっちを向いてればいいか!!ってのが

   うまくいかず、

 

   ごくごく乱暴に言うと、

   中国の権力機構は民衆の方を向いてなくてもいいんです!

   民衆の不満が爆発しない程度に、調整?できる能力があれば、

   これって、結局日本でも封建時代あたりにそうであったように、

   古い!!ってか、もうさんざん使われて、その欠陥もわかってるのに

   中国は・・・・

 

    ってのは、その国のたどってきた歴史と

   風土と人口と国民性にあるんでしょうが、

 

    またまた、機能と同じ結論で申し訳ないですが

   中国の今も

   「史記」の時代の中国もそう変わってないんだ・・・

   ということで、変わる必要性はあるんですが、

   それを指導者の側が先に察して??変わろうとしてる部分も

   あるんでしょうけどね、

    どの国の歴史を見ても結局は

   その国の国民が・・・立ち上がるしかないんでしょうね。

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2022年9月22日 (木)

習近平の10年

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  手元に、10年前の新聞があります。これから話を始めますね。

   「習近平・李克強時代へ」と大きな表題がついていて

  「中国近づく政治の主役交代」というのが副題。

   記事の内容はこの表題でだいたい察しがつくとおもいますが、

  ごく、あたりさわりのない?解説記事と言っていいかとおいます。

   ずっと記事の先のほうで、「共青団と太子党」「注目される第6世代」

  の小見出し。予定通りの解説?と注目していきましょう・・・の締め。

 

    途中、ちょっとおもしろい記載はあるんですが、まぁまぁ

  懐かしくこの新聞切り抜きを読んで、

   さて、ここから10年が過ぎました。

   予定通り?習近平がトップに、

   早速かれは、いろいろ動くんですね、まず党組織の強化?というか

  これまでは少なかった民間企業へもどんどん入っていき、

   そのあと、日本でも知られてるのだと「一帯一路」を「中国の夢」を

   と打ち上げそのあと、コロナが・・・

 

    ここで書ける程度のことだと、

   どうでしょう、習近平体制

   ちょっと向かう方向は・・と、その方法に

   時代を間違えている部分はあったんでしょうね、

    結局、中国が大変なのは、その権力機構を維持するだけで

   かなりの力をそれに取られますよね、そして、ひとたびそこ?へ

   はいっちゃうと、もう周りは見えてなくて、或いは、周りを見てたら

   ダメなんで、ひたすら我が道を行きますね・・

    彼にはそれにその素地もありましたしね。

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     なんだよ、結局やってることは

   数千年も前の 「史記」 の世界と同じじゃないですか

   健党100年、

   中国共産党が結局「史記」とおんなじことをやってる 

   権力ってそしたもんなんですかね。

 

    そうだ、100年なんですよ、中国共産党は

   そこもちょっと見ておきますか・・・

    端折りすぎていて、わからん部分もあるでしょうが、

   いろんな人がいろんな本を書いたりしてますし、

   まぁまぁ、興味がおありならそちらを・・・

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2022年9月21日 (水)

紅二代、習近平

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  昨日の続きから入りますよ、

   こちら、習近平のお父さん、習仲勲シィ・ヂォン・シュン

  の最後の字の 勲 の字がいま中国簡体字で上のように

  なりまして、最後の字は 伝 という字です。

   最近ふっと、したときに、あぁ~似てきたなぁ父親と・・

  と思わせるものがありますよね、

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   まぁまぁ、親子なんですからして・・・

  「太子党」って言葉はご存じでしたか??まぁ、日本でも

  結構使われてて、上の「紅二代ホン・アール・ダィ」も

  同じような意味でして、父親、習仲勲が革命第一世代、

  それこそ、毛沢東のあの一軍??で、その親族ってか家族ってか

  それを引き継いでいる世代ですね、

   中には、日本の国会議員のおぼっちゃん、おじょうちぁんの

  あの二世議員と大差なく考えておられる方がいますが、

   違います!!日本の二世議員のようなおんぶにだっこの恵まれた??

  その感じはないんです、逆に結構大変な思いをしてまして、

   そういう人たちを、紅二代と言いますし、そのかたまり?を太子党と

  言っています。まず、そこを押さえてください。

 

    さて、習近平氏はこれに当たるのはもちろんですが、

   お父さんの習仲勲をご存じの?日本の方は存外少ないんでちょっと

   お話しできるといいんですが、ここに色々書くと長くなりますし、

   語りきれるものでもないので、端折りますが、

   ごくごく簡単にわたしの思う彼を、

    この方は、当時文革を潜り抜けてまた、名誉回復なんかして登用

   されるのですが、結構、当時の中国にあってはよくものが見えていて、

   極論するなら、指導者として優れていたと思いますね。

    もっと彼にいろいろやらせてみたかった?というか、

    足を引っ張る人たちがいなければ、もっちょと中国も変わっていたかも・・

   とも思う。

 

     ちょっと調べてみてください。

 

     前年ながら、その息子の習近平が、

    彼(父親)から学んだものは、そうした政治姿勢ではなくて、

    どうして父親は周りから陥れられたか、

     なぜ父親は民衆は見ていたのに、政敵を見ていなかったか、の

    反省?から歩み始めたので、せっかくのすぐそばにいた最高の手本である

    父親の政治姿勢、民衆への対処、次の社会への足慣らし??などなど

    父親のそうした点に近づけばよかったのに 

    本当に残念ながら、父親の政治に対するその姿勢を踏襲することなく

    父親の無念?をはらすために自分の処し方を決めた。

      ですから、当たり前ですが、とても大きく父親の影響を受けてる。

    受けてはいますが、手本として?受けてはいなくて、

     自分は父親のようには、政敵に利用??されまい!!と

    思ったんでしょうね、

     それって彼が 下放シャ・ファン 分かりますか?農村へやられたとき

    くらいに、決意してると思います。

 

      実に惜しい!!

     すぐそば、父親というとても良い手本があったのに・・・

     まだ遅くないか??これから・・・・

     いやいや、この10年を見ているとちょっと、戻らないでしょ。

 

     すいません、

     かなり端折って書いてますので、何を言ってるのかわからない部分も

    あるでしょうが、

     彼・習近平という人物を形作るその根本のところに

    若いころの下放、文革、失脚、名誉回復、中南海、という

    歴史の奔流のなかで揉まれ、周りの様々な反勢力との葛藤のなかで

    つくられた彼の考えは、いかんとも歪んでいる。

 

     中国共産党の黎明期、父親・習仲勲は権力闘争の中にあって、

    それに翻弄され、自分のしたいことも出来なかった、そして

    それを見てきた、習近平が一番においたのが、

      ”権力”というところに問題?不幸?不運??がある。

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