2009年12月19日 (土)

『 在日新華僑 』50人の新中国人ー新刊紹介

Xinhuaqiao  『在日新華僑』

  東方通信社 発行

  ティ・エー・シー企画 発売

  09年10月発行、

  定価 1500円

  扉の画の右側にそのインタビューを受けた方の

  お名前が列記されておるのですが、残念ながら

   これでは見切れませんね。

     こちらの本は50人の中国人へのインタビューからなっております、

   そして、そのインタビューを受けた50人がみな在日華僑の方たち、

   という共通点をもっております。

    一般の書店には出ない、或は一般の方は購読されない、様々な

  専門誌や、地域誌、業界誌などには、実は必ずそうした新聞や冊子、

  雑誌の一つのコーナーとして、こうした観点でのインタビュー記事が構成

  されていることが多いんですね、実は。

    まぁ大体、ありますねこうした囲み記事が、連載となってそれぞれ

  読みきりの形で、ある人を取り上げたり、ある事象を取り上げたりの

  ものですが、さまざな分野で活躍される、人に光を当てるやり方は

  よく見られます。

     これとは逆に、中国で活躍する日本人へのインタビュー記事を連載

  している新聞・雑誌もあります。

   この本は、ですので、日本で活躍されておられる中国の方たちへの

   インタビューを纏めて形成したものです。

    インタビューを受ける側はそれぞれの場で活躍されておられます

   インタビューをしているのは、北京放送局の 張国清さん、

    総じて入れることは、こうしたよくある囲み記事のような小さなものも

   それをこうして本にして纏めて一度に読んでみると、これはこれで

   一つ一つを見るよりも違った感想を与えてくれます。

     お一人お一人のインタビューの長さはそう長くありませんので、

   込み入った話はしておりませんが、それが却って、全体にとてもスッキリと

   日本と中国の両国を両方知っておられるかたの主張が良く出ていて

   ある纏まりを感じさせる仕立てになっております。

    50人の新華僑の中にも何人か存じている方もいらっしゃり、更に数名は 

   お会いしたこともありますので、その点でもとても身近に感じるそんな

   インタビュー内容になってました。

     更に更に、今はもっともっと沢山の華僑の方が日本におられますので、

   何故あの人は入ってないの?というくらい50人に纏めるのは大変でしょうが、

   これを機会にそれぞれの、例えば、私の住む

    北海道版『在日新華僑』なんてな地方版が出ることを願っております。

    お贈り下さいました、

    当方通信社・高橋様、ありがとうございました。

                     函館日中友好協会

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2009年12月 5日 (土)

外国人労働者の生活と人権ー『扉を開けて』今週読んだ本

Tobira_wo 『 扉を開けて 』

 ルポルタージュ

  外国人労働者の

  生活と人権

 信濃毎日新聞社編

  明石書店刊

  

 1992年発行の古い本でして、別にこの本を此処で紹介することが

 目的ではありませんので、単に最近、あることがあってこの本をまた

 書棚の奥の方から引っ張り出してきて読んでいた、というだけで、

 私が知りたかったのは、日本はこの問題を一体どう捉え、どう

 しようとしているのか、という受ける側の日本の問題と、

  受ける側があれば送る側があるわけですが、私にとっての

 送る側はすなわち、中国ですので、一体中国側はこの問題をどう

 捉えているのか、或は直接来ている人たちが何を思い何を考え

 ある人はその期間を追え、帰国し、ある人は挫折し、ある人は

 法の網を逃れてなおも居ようとする。

   これらの問題は何故に起こり、問題があるとしたならそれは

  那辺にあり、何故解決されないのか?

   ずっとこの問題に引っかかってまして、気持ちが重いのです。

  ある問題、外国人受入の「外国人研修生」制度の問題を書いて見たい

  とは思ってはおりますが、それがこうした(ブログ)場が相応しいのか

  どうか、このスペースで書ききれる問題なのか、私の手に負えるような

  問題なのか、で迷ってます。書ききれないだろうと。

   迷いながら自分でも少し調べてみようと思い、手元にある資料と、ネット

  見ました、過去の記録もそこそこ当たってみました、

   そこで、今週読んだ本は、この本と、もう一冊、題名もそのものの

  『外国人研修生 殺人事件』 安田浩一著 七つ森書簡刊、の二冊です。

   取り上げたこの本「扉を開けて」が特徴的なのは、その発行元で分かる

  ように、地方の新聞社が編集してますので、都会ではなく長野という地域

  からの発信であるという点で特徴的です。ともすればこうした外国人の数が

  多いのは勿論東京なり大阪といった大都会ですの、そこでの問題が取り上げ

  られそうですが、実は逆でして、「外国人研修生」の問題は都会よりは

  逆に地方でそれも田舎といってもいい地方で問題となっているのを案外

  皆さんは見落としているのではないでしょうか。

   こうした地域では、都会ではきっと解消される問題が逆に大きくなり、

  田舎には田舎の良さがあるのですが、残念ながらその田舎の特性が逆に

  足かせとなっている部分が大きい。私が何が言いたいかをもうお分かりの方

  はお気づきと思いますが、同じ外国の方が暮らしていても、大都会だから

  こそ、抱える問題(以前はこの手の外国人が暮らす大都会での犯罪なり

  さまざまな問題が表面化して問題)と、外国人労働者が暮らす地方都市や

  さらに過疎とも言われるような、日本の若者が捨てていって戻らないそんな

  地域での(外国人研修生・農業・漁業研修生の多くはこうした日本各地の

  過疎の地域にある)問題とでは別の面の問題を抱えている。

    ;この点はどの本も余り重要視しないのか触れていないことが多い。

   この本は「扉を開けて」と言っている、ある人は外国への「窓」を開けてみたら

  いろんな思わぬものまで一緒にドット入ってきちゃった、と表現してる。

   だが「扉」も「窓」も閉じたままでいることは叶わない、

   が、「国際化」の美名?のもとに「地域も国際化」を急ぐと言っている、

   自分たちも出てゆくし、外からも入ってくる、それが自然な形であることは

   論を待たない。

    そして、どう入れるかには政策があり、法がある。

 

  この本のお終いのあとがきを引用させていただく、

  --お互いの理解のないままに、安易に外個人労働者を受け入れていった

     場合、その地域は、外国から働きにきた人たちは、いったいどうなって

     いくのか。失礼な言い方だが”労働奴隷”をつくりかねない。今度の

     連載で、二百人におよぶ外国人労働者へのインタビューを通じて、

     それが危惧ではなく、現実に進行している実態が明らかにされた。

     法律上では「不法な存在」ゆえに、人間としての権利や尊厳、時には

     生命さえ脅かされている「現実」である。現状の一端を紹介しながら、

     住民の意識が、さらにには日本の社会システムそのものが、いかに

     日本人を中心として閉鎖的なものであるか、それを打破していく問題点

     はどこにあるのか。信州という、末端から告発したつもりだ。が、取り

     組んでみて、その道のりは険しく、長いことを痛感している。県紙として

     の小紙にとって、重い課題だ。(後方省略)

      -----

    なっている。本一冊にまとめてもまだ道のり険しく長い、と言ってる位だから

    この問題は大変だ。

     ということで、今日のブログも長くなってしまった。

    最近になって、各地で中国人研修生の問題が発生しております。

    これは、たまたま最近になって偶然そうなっているのか、

    或は何らかの要因があってそれが続いているもなのかも調べてますが、

    いずれにしても気の重い問題です。気が沈みます。

    もっと、明るい話題にすれば良かったなと、ここまできて反省してます。

    函館は今日一気に冷え込み、寒さが増してます、どうもこんな時に

    こんなことばかり考えていては、暗くなるばかりです。

  何の解決策もなく(ある訳がないか。)長い話に付き合っていただき

   ありがとうございました。

   何かありましたら、どうぞご教授下さい。

   

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2009年11月14日 (土)

『魯迅の日本 漱石のイギリス』 - 今週読んだ本

Lu_xun この本が面白いのは、失礼を顧みず言えば、

 その着目点が素晴らしいという、そのことに

 つきます。

  ですので、この題名に惹かれて買い求め

 ひさびさに又持ち出して読んでいるのは、

 最近その留学に関してちょっと考えさせられる

 ことがあってのことですが、

  それは、皆さんには関係ありませんので、

  この本にふれて話を進めましょう。

   私自身はこの「魯迅の日本」というのに惹かれて買ってますが、

  その横に副題「留学の世紀を生きた人びと」とあります。

   巻末に

   まだ無名の日本留学生、魯迅が今世紀はじめ、同じ東京・本郷

  の借家で欧州留学から帰って作家としてスタートした夏目漱石と

  擦れ違った事実は、単なる偶然を超えて日本社会のその後を

  暗示するさまざまな鍵をわれわれに提供している。

   「留学」という異文化のせめぎ合いの中で自らの生き方を探った

  二人から二十一世紀の日本とそれを取り巻く青春の、同時進行

  ドラマの序章が見える。

   とありますよう、著者の着眼点はまさにここにあり、なるほど

  この着眼点は面白いし、興味ある。

    魯迅が日本へ来たのは明治35年。

   この当時、中国からの留学生は東京には一万人以上いたらしいから、

   当時としては相当の数だったといえるし、時代を考慮に入れれば

   ある意味今よりも凄いかも知れない。

     という明治の時代の留学。現在の留学と背負っているものが

   違いますから、現代と比べても余り意味がないかも知れません。

    このあと、魯迅はご存じのとおり、東京をあとにして、仙台へ向かい

  ます。

    この時点で医学を目指していた魯迅はその後文学にその道を

   見出すのですが、彼の作品から汲み取れるこの日本留学の痕 は

  それほど多く見せてくれません。ですが、ではそれくらいのものでしか

  なかったか、というとそれは又違って、作品に表れる頻度とは違って

  彼の中に根をはった留学の体験が興味深く紹介されている。

    あまたの留学生がいるなかで、なぜかこの二人を取り上げてその

  時空を上手く対比させているこの本はそうした点で、何度も言う様に

  その着眼点だけでもう興味がそそられるそんな仕立てになっている。

    このやり方でなら他の時代を切り取って誰かと誰かが留学で

  会っていても可笑しくない同じ時期に、日本に居た、或は同じ場所に

  いた、なんて本が数冊はできそうだ。

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2009年11月 7日 (土)

『お茶のある暮らし』 - 今週読んだ本

Otyano_kurasi_2  なによりも

  中国茶が好きですし、

 自分でも、

  中国茶をお店の売りにして

 ますし、

  茶葉も扱ってますので

  折に触れてこうした

  お茶関係の本を読みます。

  また、この本に限らず

  最近でもこうした茶に関する本は相当出版されてます。

  また、中国茶に限定した本も最近は人気で、そうとう

  中国茶のファンが増えてきているのはそのことからも分かります。

   この本は具体的にどのお茶がどうのこうの、

  という説明ではなくて、お茶に関するいろいろな周辺のことを

  エッセイ風に書かれている本でして、

   少しゆっくりしたい時に

   手元に私の場合はジャスミン茶か何かを

   茶葉が見えるような透明性の茶杯にそのまま

   茶葉を入れ、お湯をドバドバと注ぎ、

   傍にそのままほっといて、ダンダンに茶葉が沈んだころ

   更に口元に浮かんでいる葉をフゥフゥとそっちへ吹いて

   避けといて、一息飲んではこの本を読む、

   というこのスタイルに固執して、

    これがやりたいが為に、ときどき引っ張り出しては繰り返し

  読む本の一冊です。

    ですので、毎回もう何度か読んでますし、最初から読む

  ようなことはなくてその時々興味のありそうな項目のところを

  やおら開いて、そこをよみ、

   読んではお茶を一服飲んで、

   フゥーッと溜息などついて、

   今日のような小春日和のそとの景色を眺めてはのんびりする

   ですので、読むというよりは、

   手に取る本ですね。

     きっと誰も、そんな本があるのでしょうが、

   私の場合なぜか、本も

   アレ用、コレ用と用途によって分かれています。

    だから、どんどん本が増えるばっかりで、

    本の整理法という本も読んでますが、

    その本には、ある一定期間読まなかったらその本は捨てなさい

  と、書いてありました。

    そんな~、それだと私の本棚は捨てられる本ばかりになりそうです。

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2009年10月24日 (土)

モンゴル草原に想いを馳せるー『草原の記』司馬遼太郎

Sougenn_noki  今週読んだ本

 『草原の記』 司馬遼太郎

  ここのところ忙しい日が

 続いていて、本を読む時間が

 とれず、先週に続いて、よろしく

 ない状態が続いてますが、

 本読みはそんな状況でもなお

  本を読む時間を作ろうとしますね、多分みなさん同じだと

  思いますが、寝る前の寝床でのちょっとした時間だとか、

  やれやれと一息ついた時、何か暖かいものを飲みながら

  手にして、安らぎを得られる本が読みたい。

   ですので、こんな時用に読む本を選ぶのこれはこれで

  実は結構難しいのです。

    こちらも、みなさん同じでしょうが、

  あまり難しい肩がこるような本は勿論ダメです

  といって、余りにふざけたような本も見た気がせずダメ、

  長い物語、重たい本、大ぶりな本、字が細かすぎるのもダメ、

  内容が難しすぎるのも、簡単すぎるのも、面白くないのはもちろんダメ、

   といった篩いをかけて、自分の本棚を眺め、さて、何にしようか、と。

   その結果選ばれたのがこの本です。

  司馬さんの本はご存知のように、どの本を開いても司馬ワールドが

  その先にあって、とりわけ、彼の書いた小説以外のこうしたものは

  その色が濃くでていて、そちらもくどくど言わずとも本好きの人は

  大概ご存知。

  

    それで、このお疲れ気味のときは、前に一度読んだ本を、手に

  読むでもなく、軽くもう一度字面を追い、疲れたらそこで休んで

  そのまま更に読んでもいいし、そこで寝込んでもなにも困らないし、

  字を追っていながら頭を休ませてくれる、そんな本がいい。

   この本は、このようにはじまる、・・・

  匈奴

    空想につきあっていただきたい。

    モンゴル高原が、天にちかいということについてである。

    そこは、空と草だけでできあっている。・・・・・

    わたしの頭の中にはモンゴルの草原が広がり、

   古代、匈奴といわれた騎馬民族がその草原を駆け巡り、

   どこまでも青い空が、草の臭いが、乾いた空気と、風の音が

   してきて、そのまま寝てしまう。

    そうすることで多少疲れが癒される。

     本とはありがたいものだ。

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2009年10月17日 (土)

中国らしい、デザインー今週読んだ本『中国のかわいいデザインたち』

Shu   今週はちょっと、忙しくてゆっくり本を読む時間が取れず、

 これは、私にとっては精神衛生上たいへんよろしくありませんね、

 なんか、こう~ちょっと・・・

  キチンとした時間がとれず、纏まった本を読む時間がないときはしょうがない、

 こうした本に限ります。

  『中国のかわいいデザインたち』レトロで愛らしい暮らしの雑貨、かたやまむつみ著

 ですが、

  ほとんど中は写真です。中国の今風に言うグッズのかずかずを写真で並べて

  紹介してます。

  あるもののデザインというのはこれはこれで意外にその国の民族性を代表してたり、

 個性がでるものです。

  ある国を知るには案外、自分のお好きなもののその国のデザインをある程度

 かたまった量をご覧になればあんがい見えてくるものがあって楽しいですね。

  それは前から感じていて、先日函館で行われた「地球まつり」という各国の

 ブースを作っての展示の紹介機会がありましたから、私は「折角の機会です

  から、各国の現行紙幣を持ち寄って、それぞれ展示してはどうでしょう」と

  提案したところ、快く応じて下さい展示となりました。

   紙幣そのデザインも各国特徴があります。

   以前から、この手の本がでないかなぁ~とは期待してました。

 これまで、全くないわけではないのですが、中国のこうした小物をある程度の

 数纏めて紹介する本は、少なくておそらくこれが最初ではではないですが、10本

 の指では足りるくらいの数しか私は知りません。

 

   この本で紹介されている項目別にあげますと、

  春節ものーパンダー子供おもちゃー紙ものー中国茶ー小さいものー手織り布

  民族ものー胡同風景ー上海建築物

   という分類になってまして、それぞれに数ページが割かれ写真が載ってます。

   あやよくば、この手の分類をもうすこしある一定の系統立てて、

  たとえば、中国のタバコのパッケージならその種類、

   中国ビールのラベルならその種類

   包装・パッケージものならそれを、と

  纏め方をもうちょと工夫していただけると更に、好かったと思うんですが、

  まったく中国物を始めて見る方にこれで十分でしょうね。

   世の中にはいろんなコレクターがいるのはご存知でしょうが、

  そういう類の人たちには、その世界があって、それだけでもう一つの宇宙が

  形成されていて、切手とか先ほどの紙幣とかその国にしかないもの

  (中国だと例えば鼻煙壺、といったようなものや、切り絵の世界が)

   コレクターの世界としてもう確立されています。

   ところが、その中間で誰もがあまり気にも止めず抜け落ちるものが必ず

  出てきます。例えば、日本の箸袋を集めている人なんかはそうです。

   普段に身の傍にあって、気付かないけれど、デザインが優れてその国

  を現しているもは、実はこうしたあまり価値のないようなものにありますね。

   私もコレクションしているものがあります。

   もし譲っていただけるようでしたならご協力、ご連絡下さい。

  今欲しいもの。

   写真または、そのパッケージでいいのですが、

   中国で出ているもので日本語の表記説明の部分の日本が間違っているもの

   糧票。こう書いただけで分かるその世界があります。分かる方お願いします。

   ちなみに、こうしたものを集めている人は誰もが同じでしょうが、

  家の者からは、「何スンのソンナモン!」と言われて邪険にされています。

  どこかにそんな御同輩がいるはずです。

中国のかわいいデザインたち―レトロで愛らしい暮らしの雑貨

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2009年10月10日 (土)

『 羊の門 』李佩甫 著、-今週読んだ本

羊の門

買ったきっかけ:
立ち読みしてたら、つい。

感想:
圧倒されました。この作者の力量も素晴らしい。

おすすめポイント:
中国現代を描く作品なかでも秀逸です。

 ある本に触発されて、再び読み始める

 本というのが、ある。

  少なくとも私の場合はそれが多い。

  ある本を読んでいて、突然以前読み終えた

 本を今一度読み返してみようか、

  とか、あの本をあたってみようか、

  と思い、以前に読んだ本をまた探し出して

  読み始める。

   そんな本の一冊がこの本です。今週読み返してみました。

  『羊の門』 永田小絵訳、辻 康吾監修、 勉誠出版刊

  上の写真でご覧のようにこのような本のデザインでも目立たない、

  作者もあまり聞いた事も無い、出版社もマイナー、

  題名も『羊の門』とは題名だけではなんのことやら。

   こういう本を何時手にとって、何が良くて買い求めたのかも記憶に無い。

  かすかに記憶にあるのは、私は旅先で本屋に立ち寄るのが楽しみで、

  この本は確かどこか東北の仙台だったかどこかの街の大きな書店で

  手にして、はじめは勿論買う気などなく、

   単に中国の現代小説だ、というくらいの関心で、本屋で立ち読みしたのだと

  思う。それはいつものことなので、よくしてますが、

   次に乗る列車の中で読む本を探していたのだと思いますが、

   立ち読みのレベルではこの本の良さは判りませんから本当に偶然だった

  のでしょう。何せこの本、五百ページにもなる上下2段組のそれもびっしりと

  書かれていて、本の最初のあたりには登場人物の整理の為か、登場人物

  一覧表があって、沢山の人が書かれています。

   中国物を読みなれると、登場人物の多いのはそう苦にはならず、それよりも

  沢山出てくるのはいいのですが、それらの一人一人を書き分けれるだけの

  力量が作者の方にあるのかどうかの方が気になります。

   上手く書き分けてくれれば、どんなに沢山出てきてもそれはそれで楽しめる

  というか、この人もやはり必要だよねと、思わせるその必然が求められます。

   この小説は、河南省の現代中国の文革からのこっちのそれぞれの人間模様

  が描かれています。

   素晴らしい筆力です。こういう本はもうちょっと目立って欲しいと思うのですが

  先に言いましたように本当に目立たない本です。

   また、あまり取り上げれることも少ないようです。残念です。

   ですので、ここで紹介しようと思いましたが、私の紹介ぐらいでは何とも

  ならないですが、もし手に入ったら或は図書館にあるかなぁ、この本、

  ご一読をお薦めいたします。Hituji_no

  で、これを触発したのが先に書いた

  『兄弟』上下巻 余華著  でして、

  あれを読んでいたら、

 急にこの本を思い出して、

 最初はちょっと思い出すために

  軽く途中まで読んでおこうと思っていたら、

  結局は最後までまた読んでしまう

  そんな本です。

   こういう本を目立つようにするにはどうしたらいいのでしょう。

    まあそう有名になる必要もないので、知る人が知ればいいのですが。

   そんな本も沢山ありますしね、機会があったらどうぞご一読ください。

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2009年9月26日 (土)

国慶節へカウントダウン、『中国がアメリカを超える日』

Amerika_wo_koeru  数日後に迫った「国慶節」へ向け、

 いよいよカウントダウンの中国。

 ここ数日の天安門広場を実際に使っての

 本番さながらの練習も大成功のうちに

 終えた、と自信を深めている。

  そんな中国を世界中の目が注がれて

 いる。別に日本だけが見ているだけでは

 ないし、ある意味、日本よりもより関心を

 もっている国は少なくない。

  その一つアメリカ。

  ここのところ両国の関係や距離のとり方は明らかに変ってきているのは

  各種報道でみなさんお気づきの通り。

   いや、われわれも全く中国に関心や興味の無い人であっても、

  ここところのニュースや聞こえてくる話に少し耳を傾けさえすれば

  中国の影が巨大化してきているのは誰も感じている。

   その影は実態に合っているものもあれば、影だけが大きく写しだされ

  その影におびえている部分もあるにはあるが、そんな影は誰も感じて

  いる。

   つまり、中国そのものが勿論変ってきている。その点はここ数日

  60周年を迎える中国を書いてきた。

   それよりも実はもっと影響力があるのは、それはそうした中国を見る目

  が世界中でこれまでの中国を見る目を変ってきたことにある。

   世界の国々が、中国が変ってきていると言い始めた、

   中国の力を見て、以前は笑っていたのが、笑えなくなってきた、

   かつて中国は国内の問題を解決するのでさえ大変な時代が長かった

   それが、世界の経済に躍り出てきた中国はあっと言う間にその影響力

   を行使し始めた。

    世界中に中国製品が溢れている。

   各国はそれは自国のことだと思っていたら、お隣の国もそのまたお隣

   もそうだった。

    どの面からみてももう世界の経済は中国経済の影響力下にある。

   その点に気づきはじめた人たちがいる、経済の人たちで

   だがしかし、中国の影響力はじつは経済だけに留まらないことを経済の

   人たちは見抜けない、彼らは経済しか見ていないから、

    それ以外にもこれから世界が何かを決めていく時に、中国を抜いては

   問題の解決もないし、進展もない時代に入った、

    その点を指摘し考え啓発している人は少ない。

    あと5日後にせまった「国慶節」のパレードを見て、

   多分みなさんは、中国は凄いな、と感じるはずです、

   それは圧倒的な数と、統率と、その量に、驚かされるでしょう。

   

   上の本は

    かつてアメリカは、眠れる獅子中国を、経済の道へ誘った

   自分たちに近づき、自分たちと同じ道を歩こうと誘い手も差伸べた、

   そして、数十年たってみたら、いつの間にか誘っていた相手が自分たちを

   凌駕しょうとしていることに気づいた。

    それを非常に事細かに分析した本です。

    この本はその分析で終わっています。では、今後アメリカのとるべき路は

    何なかは提起しておりません。でも分析がないところに、その先の路は

   見えませんからまずは必要なのでしょう、アメリカにとっても。

    

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2009年9月19日 (土)

私は「毛主席の小戦士」だったー今週読んだ本

  中国の文革世代に興味があります。同時に中国・毛沢東の時代にも

 興味があります。それは、私の年代が重なっていることが大きな要因でしょう。

  新中国は今年10月1日、60周年を迎えます。干支が一回りしたということで、

 人間であれば還暦を迎えるその中国。

  よく言われるようにこの60年はほぼ前半の30年と後半の30年に奇麗に

 分かれます。前の30年を書くことがここ数年中国の総ての作家の課題となって

 いました。その意味で、先に紹介しました『兄弟』のような作品に興味をそそられ

 ます。

  その間を何で表現するかの問題ですが、書籍であれば、小説として形作るのか

 ドキュメントとして記録するかの違い、更には今日紹介するような形での個人に

 おけるその時代を振り返っての、今の感想という、というかたちがあります。

  どれにも興味があってできるだけ目を通すようにしてますが、その数は半端

 じゃありません。

Shi_ping この本の初版は06年ですが、その年確か

 書評欄か、新刊紹介欄でこの本のことを知りました

 が実際に購入したのは昨年に、最初に読んだのも

 昨年のこの頃です。

  作者は今日本におられるようです。

  1962年のお生まれですから、文革世代

 としては確かに小さい頃のことで、運動の何かも

  わからないまま、台風にでも巻き込まれるようにごく自然に?その中に

  入っていった世代の、その時代を振り返っての感想が述べられております。

   実はこの世代のもっと違った観点からの本を期待してましたので、その

  期待とは違ってましたが、作者は更にその後日本へ来て中国を眺めるという

  ちょっと違った視点をもちましたので、これまたこの世代の特有の鬱屈した 

  何かとはまた違った形での屈折をもちます。

   たとえば私がこの時代中国にいたとするなら、私も同じように小戦士となる

 べく若いエネルギーをそれに注ぎこんでいたのでしょう。

   ”時代”というものはそういうものです。抗いがたいものがあります。

   ”時代”を抜きにしてそれぞれの暮らしはありませんし、”時代”を見据えて

   何かを知る人がいるなら、その人は”時代”とある距離を置いてますので、

   その”時代”が去っても、次ぎの新しい”時代”との距離が縮まるのか更に

   開くのはこれまた”時代”のなせる業です。

   この本で著者がたびたび提起してますが、

  日本に来て気づいたことは、中国に嘗てはあった、独自の文化なり思想が

  中国では総て亡くしてしまったが、日本には今なお歴然と残っていて驚く

  日本人の暮らしが書かれていますが、

    そうなんです。中国で破壊されたそうした”もの”たちが、日本には残った。

    一度壊されたそうした”もの”を元に戻すのはいかに難しいか、

   元のままには戻らないのではないか。

   「毛主席の小戦士」の部分の記述は全体には少なく、その点ではちょっと

  不満ですが、小戦士はそう考えがあってなせる業ではなく”時代”がそう

  させたのであって、そうであるなら”時代”を書ききらなければならないことに

  なりますから、それは大変な作業となりますし、誰も書ききれない問題なの

  かも知れません。

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2009年9月12日 (土)

中国17歳の作家が描く中国『上海ビート』-今週読んだ本

Shang_hai_bet 先週もそうですが、

 中国現代小説が

 続いております。

 実は先週のがあっての

 これなんですが、もう一度

 読み直してみよう、

 ということで、この本です。

 この作家は1982年

 生まれですね、

  17歳の時にこの本を書いてデビューしいきなり

  ベストセラーとなっって著者・韓寒 ハン・ハンの名前が一躍

  マスコミなどでも取り上げられるようになったようです。

   われわれが外国の小説の翻訳本を手にするとき、とりわけ

  こうしたベストセラーになったものは、翻訳本が出やすいですし、

  何かしら社会現象とも相まって話題を呼んだ本が翻訳され、初めて

  目にするわけですが、地味でもっと好い本があったにしてもそれは

  なかなか翻訳されません。

    ま、でも当たるということはそれだけの何かをその作品は持ち合わせて

  いるのでしょうから、それはそれで、それも含めて読み解けば好いのでしょう。

   さて、この小説。先週の『兄弟』とはまるで趣が違います。

  若いからこそ書ける、という題材がありますし、若いからこそ書ける勢い

  もあります。そういう意味でこの本が、中国(上海)の今を若いこの作者

  の目を通して見ることはできる。

    何か物足りなさを感じるのは、それは社会がいまそうした時期にあるのだ

  とも言える。

    日本でも若くして作家デビューし、注目を集める若い子がたまに出るが

  どうも同じものを感じる。

    それげ若さだといってしまえばそれまでだが、

    この本で400ページ以上を費やして私に訴えかけたものが、

  中国も随分と変ったものだ、

    というくらいのインパクトだとするとちょっと淋しい。

   いずれにせよ、この子は今後ももし作家活動を続け、

   若さゆえ、でないそんな年になっても書いてるものがあったとしたら

   その時はまた読んで見たい。こっちが生きてればの話だが。

  

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