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2021年7月16日 (金)

中国の月台ユェ・タィ、 出会い編

Oip-1

   昨日は、別れのシーンを描いた。

  今日は、思い出の出会いのシーンを。

   その前に、普通??中国の人たちが旅人を出迎えるのは、

  多くは、駅のプラットフォームまで入らずに、たいがいは、

  上の画のような、駅出口、改札口?付近にたむろして?待ってる

  のが多い。それが基本。

 

    わたしが、月台で迎えを受けたのはたぶんこの一度、

   その一度が思い出の一番、

   それを、「わたしの見た中国」の文に書いた。

 

    場所は、中国東北部、まぁまぁ、日本人にも知られた町、

   この時のわたしは個人旅行。

    で、そのホームまで迎えに来てくれたのは、個人的というより

   仕事の上で知り合った、お一人。

    彼女、女の方です、彼女が某××市公式訪問団の一員として

   日本を、わたしの住んでいる町を訪問にやってきたのは、この事件?

   の何年前だろう、

    わたしは、その時、通訳として、訪問団と共に滞在中、行動を

   一緒にした。その時、彼女は、市のナントカ部の部長だったか科長

   だったか、とにかく、彼女が団長?トップではなかった。

    何が気に入ったのか、帰国後も、折に触れて彼女からはメールを

   いただいていた。どうということもない、内容のものが多かった。

    まぁ、こちらも袖触れ合うも・・・ってやつで、問われたことに

   答えたり、頼まれたものを送ったことがあったようにも思う。

    そうはいっても、わたしには、ごく一般的なというか、お付き合い。

 

    やりとりには、ちょっと面白いこともあったが、先を急ごう、

   わたしが、彼女が・・というか、たまたま、中国東北部の近くの小さな

   町へ行くことになり、彼女の住む市はその地方の拠点の町。

    何泊かする。となれば、夜など時間もある。なにげに今度・・・

   的なことを知らせたのか、向こうから尋ねられたのか、

    それであれば、せっかくの機会ですから、お会いしよう!!となった。

   まぁ、そんなに無理な話でもないし、流れも自然、軽い気持ちで到着の日と

   時間を知らせた。

    ここまでは、わたしは、まるで、このことが重要?なこととは思いもせず

   懐かしいなぁ~くらの、思い。

 

     で、そのシーンは

Oip_20210716104401 やってくる。

     列車がホームに滑り込む。スピードを落とす。車窓の風景、駅のホーム。

   いよいよ、会えるんだな・・と思った。まさか、ホームにまで迎えに出ている

   とは、思わなかった。しかも、彼女一人ではなく、大勢が、背広をきちんと着て

   待ってる。横断幕こそないものの、まるで、訪問団でも迎えるような陣営。

 

     恐る恐る、わたしは、ホームに降り立った。

   彼女が、前よりも更に巨漢?になった彼女、後で知ったが出世して、副×長に

   なったんだという。背広男性軍はその部下らしい。

     彼女は「ドンツゥ~!!」と大声で叫びながら、体をゆすりゆすり駆けてくる、

   これはちょっと、危険だな・・とは思った。

    ちょっと、面食らうことが多く、わたしはたぶん、ボ~ッ・・としてたんだと思う。

   そのスキをねらったかのように、彼女は思いっきりわたしに抱き着いてきた、

    ハグ🤗??ってやつですか、

   こう、ガバット!!ですね、両手をわたしの背中に回し、

   相撲でいうとガブリ四つ、の状態、

    まともに体当たり?を食らったわたしはそのまま、よろよろと後ろに・・・

   もう少しで、ホームの下の落ちそうなところまでいった。

    多分??まわりの手下???たちもそれなりに慌てたことだろうとは思う、  

   それよりも、こっちが、驚いたのと、何がなんだかわからず、

    土俵際というか、ホームの端までおされて、慌てたり、

    みんなが見てるので、なおのこと、どうしていいか分からない。

 

    ・・・どうやら、彼女もあまりに勢いをつけすぎたことに気づいたようで、

   ホーム間際、徳俵のところで、向きをくるっと変えてくれ、事なきを得た。

 

     このシーン、この思い出、

   忘れることができない。

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