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2019年5月21日 (火)

消えつつある、報刊亭

U907984754956910591fm26gp0  まぁ、その中国に限らずですね、時代とともに・・

  無くなっていくものはあるわけで、昨日の話の続きですが、

  中国で嘗ては、そこいらへんにあった「報刊亭」が無い!

   旅行者であるわたしに見えている中国は、日々の変化よりも、

  例えば、一年に一回行く中国と、しましょう。これだって、普通の?人よりは

  まめ?に中国を見てるわけですが、

   前回・・ってことは、一年前に比べて・・・あれ・・・無くなった、ってのが

  感想で、いつのまにか・・・というよりも、行くたびに・・・って感じですね。

 

   「わたしの見た中国」文にも書きました。

   それに代わるものとして、コンビニってのがまぁまぁ、出始めてはいるんですよ。

  でも、それって、ちょっと・・・違うんだよなぁ・・・ってのがわたしの感じでして、

  前がよかったとか、今はどうだ・・・とかの論調ではありませんで、

   あぁ・・・無くなったんだ、

   誰も気にもしないんだぁ・・・記録しておこう!ってことです。

 

   結構利用していたんで、馴染んでいたせいもありましょうが、好きだったんですよね

  無くなるとその思いが一層・・・ってやつですよ。

    恐らく、中国の方には何の感慨もないかもね。

    そういうものなんですよ。それでいいんですけどね。

   きっと、あまり書いてくれる人がいないだろうから、書いておきますね。

   「報刊亭バォ・グァン・ティン」便利でしたねこれ、そして、そこの売り子さんとのちょっと

   したやり取りがまた、時代を感じさせるものだったんです。

    今、時代は、「型」の時代へと向かってます。

    「型」は「マニュァル」と言ってもいいですが、この傾向はどんどん進んでます。

    ここに、いろんなものが今いて、変化を迫られているということなんですが。

   明日も、もう少しこの話を。

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