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2017年4月26日 (水)

シェアすることの難しさ、 共享難

    きのうの続きです。

8435e5dde71190eff0d75de0c41b9d16fdf     中国でも、というか、中国の方が今は積極的??かも
   しれませんが、
     この手の問題は、自転車だけに限らず、
   どこでも同じように、住まいを、自家用車を・・・と
   色んなものを共同で使う、というところへ来ています。
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     この話題の発端は、
    函館の雨傘もんだいですが、
    こちらは日本・北海道・函館でのこと、
    難しいのは、
    このあるものを共有する難しさ。
    これって、かなり高い道徳観というか、
    一緒に使う相手の身になって考えることが求められます。
    しかも、
    その相手が見える?自分の知っている、或いは普段から
    利害を共有している人だと見えてる??んですが、
    それが、全く知らない人、
    しかも、そこに何の罰則?も無ければ、
    金銭的損失も生じない、
     ・・・・こんなに沢山の
    道徳的関門があっては、ちょっと、難しい。

     ・・・・ですよね。
    だから、失敗した。
     つまりこちらの期待するほどの道徳観はまだ日本でも
    持ちえなかった。
     いっそ、そんな道徳観なんかに頼らずに??
    共有をどうすれば問題なくできる??
     というのが、
    いまの中国の「共享ゴン・シャン」が向かおうとしている道です。

    たぶん、この先、様々な問題はまだまだ発生するでしょう。
    自転車が道路に乱雑に溢れていたとか、
    返すべきものが返らない、
    なんてな問題はそう遠くない将来に全て解決するでしょう。

     ですが、そうしても
    必ずこの共有の部分には、ある、道徳観が求めれられる。
    問題はそこをどうするか?
    ですよね。

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