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2014年11月22日 (土)

『 満州鉄道の旅 』-今週読んだ本。アカシアの大連を行く

021 今週読んだ本・・・というか見た?本は

  ← こちら、

 『満州鉄道の旅』 写真で行く

 2013年 潮書房光人社 発行

  高木 宏之 著

  という本です。

   最初にお断りしておきますが、

  わたしは戦後生まれですので、直接はこの満州に想い入れが

  あるとか、ましてや懐かしい・・・ってな年代ではありません。

   また、所謂鉄道マニアでもありません。

   最初の方の理由では、大連という街にちょっと住んでいた。

  無論戦後も戦後、大連が大きく発展変わろうとしてた時代です。

  時に市長はあの! 薄煕来ボォ・チィ・ラィ

   街中がいつでも槌音を響かせているそんな時代です。

   大連にいて、しばしば色んな伝手を頼って連絡を戴いて、通訳兼

  ガイドということで、大連の街を案内したり、もっと北のまち哈爾濱

  まで一緒したり、更にソビエトとの国境間近なんてな辺境の地域にも

  おかげで旅することができました。

    そんな、わたしがご案内する人たちの多くは嘗ては満州国住人

  だった方たちであり、その縁の方たちでした。

    こうした方たちの旅は非常に“個的”な旅でした。

   有る方は写真を手にお持ちになり、この場にこの前に立ちたい、と。

   有る方は私の通って小学校はまだあるかしら、と。

   有る方は、この逆の路を辿って漸く日本へ帰った、と。

    訴えられる。わたしはその度にその方たちと同じような心情に駆られ

   すっかり、その当時の建物が頭に入るようになった。

    大連の路は当時はそうまだいじられてなくて、路そのものは当時の

   ままでした。

    大きな建物もまたまだまだそのまま残ってました。

    ですので、郵便局のとなりの嘗ての三越百貨店とその横の通りや、

   浪速通り、大山通り、大連日本橋・・・ともう呼ばれなくったその名を

   割と正確に把握していて、案内していても、数十年の齢の差を互いに

   感じずにあるいていたことを、今になってみると奇妙な風景だなと・・

   思い出しています。

     もう一つは、多くの方が乗りたがる、連京線(ハルビン始発

   大連終着の路線)へも、何度も乗りました。

    哈爾濱であったり、奉天(瀋陽)であったり、新京であったり、

   みなさん、この路線の列車にお乗りになると、もう日も暮れて外の

   景色は闇の中なのにかかわらず、じっと車窓から外を見つめて

   られるその姿に“時”を取り戻そうかと必死になっておられる様子が

   今でも思い出されます。

    戦争とは、よくその戦闘の非人間性や、戦場の悲惨さが全面に

   でますが、そればかりではなく、こうした周囲の人たちの心に残された

   傷跡は何時までも消えない。惨いものです。

     もう一つは、話が全く飛びますが、

     当時の満鉄の技術の素晴らしさ。

     日本の鉄道員の鉄道に寄せる思いの熱さ、

     条件の悪い中でもそれを支える弛まぬ勤勉さ、

    ・・・・と見てみると、こっからです話が一気に飛びますが、

    ここのところのJR北海道、

    比べるのも可哀想です。

     何せ、鉄道を走らせてる側よりも、それに乗る側の方が

    鉄道に熱心?というのはどうしたもんでしょうか。

      この本、丁寧に当時の写真が並んでます。

     写真がほとんどですので本を見てる時間は短いと思うんですが、

    本を手に上のようなことをボンヤリ考えたもので、

    結局時間は思いのほか読み終わる?までかかりましたねぇ。

    時間を忘れる本でした。

 

 

         

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