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2014年3月27日 (木)

春!『横道世之介』を読む。外国語文学としての日本・・・

001 家の本棚の一角に、その季節に読むべき本、

 てなコーナーというか、纏められてる一角が

 あって、そこに置かれている本は全て以前に

 読んで、なおもう一度読むべきというか読み

 たい本たちが並んでいる。

  全ての月があるわけでもないがほぼ一年を通じてそれはある。

   春です。春の遅い北国にも漸くその兆しが。

   この季節になると手に取る本がある。

   「春」本。もちろん、わたしにとっての。

   もう何年目になるの?この本。でもまだ「春」の座を他の

   作品に譲らずにいる。

    そのうちこちらの感情が映らなくなったら?この本は 

   他の本にとって替わられる。で、いまのところの「春」本は、

   それは、吉田修一『横道世之介』(毎日新聞社刊)

   なぜこれが春のなか、別に春でなくとも好いんじゃない?

  とは思うがわたしの中ではこの本は春読むものであって、他の

  季節には手に取らない。

    一年ぶりで手に取って昨夜のうちに読んで、

    好かった!!

 

    こっから、中国との話になるんですが、この本すでに

  中国語にも翻訳されておりまして、そちらでも読んでるんですが

T1tvkkfnraxxxxxxxx_0item_picjpg_460 わたしたちが外国の小説を翻訳を通して

 普段読んでいますが、結局これは宿命?

 なんでしょうが、この作品のこの感じが

 どれだけ上手く、くみ取れて、 かつこの

 感じが伝わるか?ですが、疑問。

    中国の人にもっとこうした、

   普通の暮らしの日本人と、どこにでもいる人と、普通の感情の

   動きを知って貰いたいとおもう。

   だから、この本、中国の友人・知人にも薦め、プレゼントした

   こともある。

     逆に、中国にこうした作品があるのか知りたい。

   気を付けて折があればそうした作品を読みたいと思い、書店で

   それらしき?本を当てずっぽうに買ってきては読んでいるが

   未だこれだ!ってのに出会わずにいる。

    どなたか、あったら教えて下さい。

     もっとも、暮らしが違うんだから、同じ青春を、同じ春を

   (季節を)描いてもそれが 違ってくるのは判る。

     われわれが外国文学を読んでいるとき、

   どうがんばっても超えられない、何か・・・はあるんでしょう。

   この作品でも、登場人物のその 行間から感じられる部分は

   どうしても抜け落ちてしまうのかも知れない。

    でもそれって、日本人の間でも年代によってそうしたことは

   あるので、そんなことは気にしなくていい、と誰かが言ってた。

    まったく、突然ですが

   春、この季節がくるとこの本を思い出し、

   この本を読んで春を感じる。

    ハコダテもようやく、春です。

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