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2014年1月 9日 (木)

世界中の挨拶についてー 握手ウォ・ショゥは何故主流?

U344491002252908444fm21gp01 まだ、「握手ウォ・ショゥ」にこだわってますが、

 この挨拶の仕方、こんなに全世界で席巻?

 したのにはそれなりの訳があるはず。

  大きな流れとして、全世界が欧米文化の取り入れ

 に熱心だというその流れが根底にあるにしても、

  それにしても・・・、中国だって元の?挨拶はこれじゃなかった。

    で、この「握手ウォ・ショゥ」の良い点は?何かと言うと、

  一つは簡便、誰でも何処でも“手”を出しさえすれば、

    あとはシェィク・ハンド・シェイクですから、至って簡単。

  二つ目は、それなりにこれをすることで、打ち解けた感が

    得られることにある。

     他人の一部とはいえ身体に触るわけですから、まぁその

   そこには一線があるはずで、それが出来ることの親密感

   ですよね。

    日本文化にはこの他者と体を接するということに、他の

   国とはちょっと違ったものがあった。

    ですから、日本人の挨拶は、身体を触れ合わない。

    ある意味、他者との身体的接触を嫌う。それで、

    “頭”をただただひたすら“ペコペコ”するだけの、他の国から

   みれば、何よアレ!何してんの?の可笑しな挨拶となる。

     この点で、例えば同じ踊りでも、日本では皆が集まって

   踊るような場、盆踊りなどに見られるように、他者と触れ合うことなく

   自分は自分踊りを踊り、その美を磨くか、動くことで発散する事になり。

    一方、欧米の踊りは、社交ダンスがそうなように、常に他者との

   接触を求める。その事でようやく共有した空間が持てる。

    つまり、欧米の人にとっては、そうすることで初めて、仲間意識

   が持てるし、相手に伝わる。そうしないと、伝わらない。

     だからこそ、今でもやってるのかどうか判らんが、

   小学校などで初めてフォークダンスを踊ると、その軽く相手の手に

   触れるというその事だけで、あぁ・・・あと何人かで好きなあの子の

   ところへ・・・と胸ときめいたりする。

     何が言いたいか?って、

    そりゃぁ、その「わたしが見た中国」 今月号で書いたように

    わたしが何故に「握手」が上手くできないか?は

    わたしばかりのせいじゃなく、日本人であるが故にそうなんだ、

    という責任逃れ?をしておきたいのと、

      中国の人たちも実は?日本に近いところにいて、

    以前は相手とは触れない、そんな距離をおいた挨拶だったん

    ですが、どこでどう間違った?か、「握手」になった。

      新中国(この言い方も古い)になった頃の

    反資本主義・反米・反欧米文化の頃のあの中国でさえ、

    主要領導リン・ダォは、「握手」で挨拶してたが、あれって

    ロシアの影響か?

      その辺もちょっと知りたかった。

      「中国の握手の歴史」なんてな変な?テーマを研究してる

    人がいたら教えて下さい。

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  今日の宿題

  さて、この

   握手言歓

                 ウォ・ショゥ・イェン・ファン

   は、どういう意味でしょう?

   そう言えば英語にもこの言い方あったような。

     とりあえず、今月号の「わたしの見た中国」の

   「握手ウォ・ショゥ」 をご覧ください。

    何か、「握手」について、エピソードがありまいたら、

    どうぞ『隗報かいほう』へ投稿をお願いいたします。



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