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2013年12月25日 (水)

パンダが町にやってきた ③ー ハコダテ滞在70数日間

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 ハコダテに1988年やってきた

 大熊猫のうち、昨日画像で紹介した

 「辰辰」、今日お披露目はもう片方

 「慶慶」。こちらがそうです。

   彼女は、中国に帰ってから女の子を出産。

     さて、話しは1988年。昨日は函館市の市長交代劇が

   あった、お話まで。

     いよいよ、トップの交代も終わり、その時点で2年後の

   青函トンネル開通記念博覧会(この時点で略称・青函博)

   基本計画が出てきます。準備委員会を当然立ち上げます。

    地元の雑誌ではこう謳っています。

     総事業費、27億2千8百万円。

   会場を旧函館ドック跡地と緑の島の2か所。開催期間72日間。

   観客動員150万人を見込んで、スタート。

     この時点で、どこをどう調べても「パンダ」はいない。

   「パンダ」の「パ」の字もない。

    そして、更に一年が過ぎ、残すところあと一年。

001 ここにきて、突如、「パンダ」誘致案浮上。ですが、

 この記事には、正式には・・・と断りを入れて、

 (ということは、非公式に何かしてたらしい)

  5月に駐日・中国大使館を通じて打診、

  8月上旬に中国動物園協会の一行が

    函館を訪れて会場予定地を下見した。

     とある。これはかなり具体的な話になってきましたよ。

     実は、と言うかここに至るまでには当然何らかの動きが

   働きかけがなくてはならないわけで、それは、

     新・市長となった、木戸浦市長を団長に訪中団が組まれ

   この一年前の夏訪中。北京→哈爾濱→瀋陽→営口→大連

   の5都市を訪問。この訪問の函館市の姉妹都市探し?の

   面と、「パンダ誘致」の目的があったようです。

     姉妹都市は営口がその訪問先にあるようにこことの交渉。

     北京では、中国動物園協会儲会長と面談、

   だが、要請された方の中国側だった、要請があったから

   「ハイヨッ!没問題メィ・ウェン・ティ!!」ってなわけにはいかない。

   なんせ世界のビックスターだから。本当なら?この時点では

   苦しい。何せ残された時間はあと一年・・・。

    実はその時、函館市が意識していたかどうかは分からないが

   ハコダテにとって、かなりラッキーなことが一つあった。

    唯一あったその、運がまさに、

    ハコダテにパンダがやってくる大きな要因となった。

    それは、

    この函館市の要請の前に、中国では

    岡山県倉敷市で開催の「瀬戸大橋架橋博」にパンダ貸出の

    内諾をしていた。

      数日前に書いてますように、「青函海底トンネル」開通、

   「瀬戸大橋」の完成、・・・ね、日本はバブルでしょ。

      更に幸いだったのは、

   この「瀬戸大橋架橋記念博覧会」が3月から開催となって

   先行して行われている点でも幸いして、

     多分すったもんだ?はあったでしょうが、その後に

   結果としては、ハコダテにパンダがやってくることになる。

     これって、よく言われるような宣伝文句で言うと、

    東京以北、日本でパンダの見る機会があった唯一の地

    なんですね。

     毎日言ってますが、これって凄いでしょ。

    凄いんですよ。でも、だぁ~れも、驚いてない、感激してない、

    自慢もしてない。 この辺が函館らしさ・・・かなぁ。

   

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