中国的養老問題ヤン・ラォ・ウェン・ティーお年寄りに優しい国になれるか?
昨日のお話の続きです。
中国の高齢化。といってもひとり中国がそうした路を歩んでいる
わけではなく、ご存知のように、かく言う日本そのものがその見本?
と言われているくらい、急激な高齢化に向かって今まさにまっしぐら!
なのではあります。他人事ではありません。
わたしが毎日通う、店に出てくるまでの通勤路、たかだか2キロ
位しかないので、クルマですと地方都市ですしもうアット言う間に着い
ちゃいます。2キロちょっとですから。公務員だと通勤手当が出るか
どうかギリギリのところです。そんなことは兎も角、その通勤途中に
毎朝のように目にするのは、前を走っていたり、対向車線をやってくる
中国語ですと面包車ミェン・バォ・チュー(面包は、パンの意味でして、
そんな食パンのような角型のゴロンとした車、という意味で)マィクロ
バスとして使われている、ワゴン車と実に頻繁に出くわします。
そして、これらの車は、幼稚園児を乗せた小さな送迎の車か、
お年寄りを乗せたディ・サービスの車かのどちらかだ。
大概、車のボディにその宣伝を兼ねた大きな名前が書かれている。
ほぼ毎日見る。公共交通機関、バスに合わなくとも、これのどちらか
の面包車は必ず目にする。たった、これだけの距離を走っている
だけで日によっては何台も目にする。
それらを目にする度にある感慨が・・。ちょうど人生の始まりと
終わりのところを、ニンゲンは何故にこうして送り迎え付の車に
揺られて行き来しなくてはならないのか・・・、
といった個人的感慨とは別にその老人たちのどう面倒を見るか?
の養老問題ヤン・ラォ・ウェン・ティを今日は取り上げる。
「空巣老人コン・ツゥァォ・ラォ・レン」
息子、娘たちと離れて暮らす
独居老人の話は以前に書いた。
老人問題は結局のところどの国も
そうその問題自体には大差ないと
わたしは思う。
人類が以前よりも長生きの路を歩み始め、その歴史から見て以前の
人生の倍も生きるような長寿の路を手に入れた時から、この問題は
どの国も必然的に抱える問題となった。
では、中国の抱える問題は何か。ひとつは毎回御馴染みのどの
問題にも大きく関わる、数の問題。乱暴に言ってもう既に日本の
総人口を超える数の老人が暮らしている国。これは避けて通れない
大問題だ。この莫大な数の老人にどう上手く老後を過ごさせるか。
次は中国の人のこれまでの観念で、老後を自分たちの子供に
託す、というのがまだある。日本も色濃くあったそれが徐々に薄れ、
今度は逆に邪魔者扱いまで?されるようなってのこの数年前から
の在宅介護重視政策。
中国はまだまだこの要望が強い。老後を子供ら孫らと過ごす、
それこそが幸せな老後だと、頑なに信じている人が多い。
だったか、中国・微博ウェィ・ボーでの
「老後に必要なものは何か?」の全国
ツィッターアンケートでもこの、子供と
一緒の老後・・・が強く望まれていたから、まだそうなんでしょう。
でもこれ、叶わぬ夢であることは明白。何せ独生子ドゥ・ション・ズ
一人っ子ですしね。社会形態も以前とはまるで違ってきれいるので
同じ都市に住んでいること自体が難しい。
となって、確実に老人ホームが不足する。現状でも足りてない。
ここぞとばかりに、それに寄ってくる業者?さんも多いようだが、
民間の私立の老人ホームなど出来てきてはいるがそこはそれ、
経済活動ですから、福祉とは違いとてもとても経済的に負担が
大きすぎるので、入れる人は入るでしょうがいずれ行き詰る。
この辺が行政の限界?いまそんな会議を
やってるようじゃぁ間に合うわけがない。
確か2050年だったかが恐ろしい・・・
という話だ。ここでも判るようにこの問題かなりず~っと前から
こうなることは判ってる。コンピューターを使うまでもなく、このまま
だと大変なことになるのは判ってた。
なのにな~んの手も打たないどころか、
日本のようにそれに備えなくてはいけない財源まで役人や、
その機関に勤める、その問題を処理すべき当の担当者が
使い込んじゃった上に、さてこの少ない財源をどうする??と
いうような国はとても老人にやさしいとは言えまい。
中国もまた。
どうもその・・・「敬老の日」なんてな日をわざわざ設けている国
ほど、老人にはやさしくない。
その罪滅ぼし?として「敬老の日」はあるのだろうか。
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