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2012年12月 4日 (火)

再び、万里の長城遭難事故を ・・・ 一か月を経て

    一昨日は日本のトンネル事故、と毎日何かしら事故や事件があって

  忙しい。ですので、ともすればわれわれは、一か月前に起きた事故など

  もう忘れてしまっているか、殆どそのことに注意を払わない。

    今日、取り上げたいのは、丁度一か月前の、中国・万里の長城での

  あの遭難事故。

    事故そのものは報じられた通りで、一か月を経たからといって、何か

  新しい事実があった、というものではありません。

    それでも振り返って見ることはそれなりに必要だと思います。

    たとえつらくとも。

    丁度一か月前の11月3日から降り始めて雪は、

   この地方でも(張家口ヂャン・ジァ・コゥ)でも珍しい大雪となり、

   夜半から4日まで降り続くこととなる。

     一か月前にそのことでは数日を割いて此処に書いてますので、

   その時の様子などはそちらを辿ってお読みください。

     今日わたしが書きたかったのは、その時にも書きましたが、

   改めて、こうした事故が起こるには要因は一つだけではない、という

   ことですね、勿論この大雪が一番の要因です、それは絶対です。

     その他のいくつかの引き金についてはその折書いております。

   さて、その最大の要因となった、本当にあの日一日のあの荒れ狂った

   ような天候がためつがえすも悔やまれる。

     というのも、わたしはあの事故の後、この間ず~とあの地方の

   天候をそれとなく注意して見ておりましたが、本当のあの日一日、

    あの日だけなんですね、あんなひどい天候は。

Photo
  そりゃぁ確かにこんな時期ですから気温が

 グンと下がった日もあります。

  街では急激な気温降下にみな慌てて防寒

 対策している様子がこの写真です。

     でも、この日でもマイナスの一桁の気温。

    譲って、この遭難現場のような山間だともっと気温は低いでしょう。

    ですが、ご覧の写真のように雪は降っていません。

    この日もあの地方も雪は降ってません。

     気温が低くても吹雪でさえなければまだ山歩きは走行に迷う

    程ではなかったでしょうし、行軍は続けられたし、周りの

    状況なんかもよく見れていたと思います。

      繰り返します。本当のあの日一日があの天候だった。

      何とも不運。

      この事も前回書いておりますが、この遭難されたグループの

    日程はあと一日を残すだけだったんですね、つまりこれが一日

    ずれてますと、この人たちのいる位置がまず違います。またあと

    一日の旅ですと恐らく、最後の一日ですので持ち物が違います。

    すべてがそうして、ほんのちょっとずれただけで、変わります。

    この一か月ず~と現地の天気や気温などを見ていて、今更ながら

    あの一日が・・・と、悔やまれます。

      そのことを言いたかった。

    同時に、このことは何をわたしたちにしめしているかというと、

    何事もないわたしたちの毎日の生活も、実はかなり偶然的な

    要因によってそうなっているだけ?で、たまたま何にも無い日が

    続いてますが、それはそれでかなり偶然に左右されている、

    ということでもある、と考えた方が好いのでは。

      ほんのちょっと何かがずれれば・・・、

      そしてその要因は多分、自分たちからどうこうできるものでは

    ないということですね。

      回りくどい話しになってますが、

      毎日、その日、一日、一日を大切に!と言いたい。

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