« ノーベル文学賞受賞者・莫言と函館 - 諾貝尓奨・莫言来過函館 | トップページ | 過剰包装と森口氏  »

2012年10月15日 (月)

中国の包装について考える - 中国的包装

    先週、10月10日、毎月その月と同じ数の日に更新しております

  ウェブ版、茶館「隗」ホームページ、「わたしの見た中国」2012年10月号、

  お知らせが遅くなりましたが、更新致しました。

   どうぞこちらから、→ 「包装 バォ・ズァン」 これって過剰包装・・・

   をご覧ください。

    いつもご愛読ありがとうございます。

   10月号のテーマは、“包装バォ・ズァン”について、です。

    また少しだけそれに纏わる書けなかったお話をここで少しさせて

   いただくことにします。

    中国の“包装”がここのところ急激に変わって・・・のお話は、別段この

   “包装”に限らずですね、中国はいま変化の時にありますから、その中

   にあって、“包装”が変わってくるのは何の不思議もありません。

      ここでも書ききれてませんが、実はこれに限らずわれわれは、

   あらゆるものを“包装”して、暮らしてるんだということも書きたかった。

    “包装”は品物だけに限らないですね。情報もある“包装”がされて

   われわれの前にあることを意識されている方がどれくらいいらっしゃる

   でしょう。われわれは、自分そのものもある種“包装”して暮らしている。

     そんなことを書き始めたら収拾がつかなくなりますから、今回はその

   目に見えて中国の“包装”が変わってきている、ということをその商品の

   包み具合について書いております。

Photo それらは、中国旅行に行かれた方はみなお感じになれて

おられると思います。綺麗になりました。豪華にもなり、

それで購買欲を注がれることもあります。

  でもそれは、全て“包装”が成せるワザ?です。

 中身はどうなのかは問われません。

    ある意味、こんだけ包装に労力とお金をかけちゃって中身は・・・

    と勘繰りたくもなります。

      以前はわたしは、これもっとちゃんとした“包装”で売られて

    いたならわたしは買うが、これではちょっと・・・と二の足を踏む

    ことが幾度となくありました。

Photo_4 以前の中国の“包装”事情をご存知の方に

とってはこれはまさに急激な変化といえます。

 でもこれって、どっかの時点でどうやら行き

過ぎちゃったのではないか、という感じは中国

    の方もお持ちのようですし、そんなことを書かせていただきました。

    では、いまこそ行き過ぎたそれを戻すことができるのか、これが

   なかなか難しいですね。

     それが一つ。

    もう一つ、では以前のあの何もない“包装”から、今のどうよ!!的

   “包装”に移行?するまでの間に、丁度好い時期、があったのか?

   というとわたしは無かった、あるいは短すぎて気づかなかった、と

   思っています。

      それでこの、丁度好い“包装”って、何処にあるの?という

    問題が一方にあります。

      ニンゲンも“包装”してるんだ、と書きました。

    その一例を、女性のお化粧に例えていいですかね・・・、

    どんどんお化粧が濃くなるように、過度な“包装”へ向かうのは

    似てますかね・・・・

      んん~ちょっと違うか。

    というような、中国の“包装”事情を取り上げてます。

    どうぞ、茶館「隗」ホームページ、遊びにいらして下さい。

    謝謝!!


 

|

« ノーベル文学賞受賞者・莫言と函館 - 諾貝尓奨・莫言来過函館 | トップページ | 過剰包装と森口氏  »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 中国の包装について考える - 中国的包装:

« ノーベル文学賞受賞者・莫言と函館 - 諾貝尓奨・莫言来過函館 | トップページ | 過剰包装と森口氏  »