« 不可思議なデモ - 不可思議的示威運動 | トップページ | ちょっと立ち位置を変えよう - “引いた”画で見てみたい »

2012年9月20日 (木)

日中間の温度差 - 「デモ」する側と見る側

   昨日は、中国の「デモ」事情について書いた。

  言いたかったのは、あれは「デモ」とは言えないない。

  主張?があって無きが如き、不満の示威行動だという話をした。

   それで、昨日もちょっと触れてますが、これらの様子を知るのは

  われわれは報道で知るわけです。

    この報道の温度差について今日はお話しておきたい。

    どんな報道にも温度差はある。あって当然だと思う。だが多くは

  それらは予期せずして起こる、地域や時間を隔て文化や歴史が違えば

  それくらいの温度差はあって当然というものだが、

    今回のようなのはちょっと様子を異にしている。

    「デモ」事態で燃えているはずの中国報道は、この報道に関しては

   至って冷静?というか冷淡といってもいい。

    恐らく中国に居て中国のニュースやテレビ・新聞など一般の人が

   多く得る情報源からの情報だけで判断したなら、それはあんなもんかな

   と、思える。

     知らされないから、分からない。日本企業が、北京の日本人学校の

   生徒のことなんかどこにも載らないし、誰も報じない。

     かたや、それを知らせる日本の報道は連日これでもか?というくらい

    微に入り細に入り、どうでもいいことまで・・・というやつ。

     それも連日、新聞紙上では何段か抜きの大見出し、

     「今日のデモ・・・」なんてな天気予報もどきの大見出しが躍り、

     テレビはトップニュースで長い時間をかけて扱い、どれほど

     日本企業に被害があったかを逐一伝える。

     デモの様子は大写しで、タマゴをペットボトルを投げる人たち、

     クルマをひっくり返すのに一生懸命の人たちを映す、

     どうだ!酷いでしょ・・・・と言いたい。

Photo  この温度差は酷い。

   上の理由と同じように

   日本にいて日本の報道だけ見ていたのでは

   まるで違った見解になる。

 

    あの3・11直後、日本にいる中国の人たちや

     他の国から日本に来ている人たちはそれぞれの母国の原発事故

     ニュースを見て、日本の報道は余りに暢気すぎて、先に行動を

     起こした人も少なくない。

      先日もオリンピック報道を見ていて、これまた自国の選手の活躍

     を中心に伝えることこそが報道の役目でもあるので、ずっと中国の

     放送を見ていて、たまに日本のスポーツニュースを見るとその視点

     の余りの違いに驚く。

        つまり、

     われわれは報道を足掛かりに事態を知り、そのことで何かを判断し

    善悪を決めようとしてますが、これ自体がかなり危険だということを

    知ってもらいたい。

      その事を知ったうえで、あの人たちは一体何のために、昼日中から

    「デモ」をして、また平日のそんな時間帯に「デモ」が出来て、

    「反日」を叫ぶ彼らは一体日本のことをどれくらい知ってるのかを、

     インタビューすればいいし、

     大写しの画像で、あたかもそこいら中が大変になっているような

     映像は引いて見せて貰いたい。

      中国の人には日本ではあなたたちの行動はこんなふうに報道

     されていますよ、というのをあり得ないが中国の人に見せてあげたい。

        実は、熱くなってるのは日本側なのではないか?

      中国は「デモ」で熱くなってるようだが、意外に普通の人たちは?

      冷めているのではないか、とわたしは見ている。


|

« 不可思議なデモ - 不可思議的示威運動 | トップページ | ちょっと立ち位置を変えよう - “引いた”画で見てみたい »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 日中間の温度差 - 「デモ」する側と見る側:

« 不可思議なデモ - 不可思議的示威運動 | トップページ | ちょっと立ち位置を変えよう - “引いた”画で見てみたい »