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2012年7月11日 (水)

高考ガォ・カォ と 作弊ズォ・ビィー 大学受験とカンニング

   以前、この時期、中国の大学受験が終わるか終わらないうちに

  この中国・試験会場での不正問題、作弊ズォ・ビィが取り上げられたり

  していたもんですが、それが無くなったのは、小沢大センセイのゴタゴタ

  のお蔭なのか、はたまた、一昨年でしたか日本でも大学受験で携帯電話

  を使ったカンニングが問題になって大騒ぎしたせいで、中国のことを

  言ってられなくなったのか、ここ数年ないようです。

    ないのでしょう、そうした報道?は。

    私は直接はこうした話題の映像を見る機会はないのですが、大概

  周辺の人が中国話題の一つとして、この間こんなのやってましたよ・・・と

  教えてくださるので、実際に見なくとも耳には入る。

     それが、無いということはやってないということでしょか。

    では、作弊が無くなったのかと言うと、そんなわけない。

    その長い長い歴史に終止符を打つようなことはないのでありまして、

Photo  中国テレビ局ではちゃんと??

 取り上げてますから、この問題そうそう簡単に

 無くなりなどしない。

     それにこの問題更に発展??して最近ではやはり最新機器を

   使っての、つまりは昔のように書いたりせずにハイテクを使って

   ですね、つまり電波を使っての作弊へと移行?しています。

     この取締りがまた大変。

     携帯の持ち込みなどは会場には勿論持っては入れません。

Imagecaewzujp
科学技術の進歩と共に、超小型のイヤーホーン

 などは、どんどん小型化してつけているかどうかは

 外からでは見ていて分からない状態に。

     すっぽり耳に入るほかには、音声だけでなく耳の骨に響かせる

     骨伝導という方法もあるらしいですよ。

       隠す場所がこことは限りませんよね。

Photo_2 こちらは靴底にかくしたハイテク機能の機械。

 あんまりその用途を詳しく書いちゃったりするとそれを

 真似る人が出てきたりもしますので、注意が必要。

  例えばこれで外と連絡ができるなら、答えを選ぶ

    選択式の問題ですと、その靴の中でどの位置がバイブ(振動)

    するかによって作業指示ができるというわけです。

      そのうち、一見見た目は普通のメガネなんですが、光の

    屈折なんかを利用して、かけている本人しか見ることのできない

    特殊なメガネをかけていれば、いつでも回答が目の前に見れて

    それでいて、正面からみていると単なるメガネ、と言ったようなもの

    出回るかも知れない。

      なに!もうそれも有るってか!!

Photo_3
 こちらは古典的?体のどこかに書いておこう

 ってやつですが、場所が場所?だけに悩ましい。

 注意しづらい。

     セクハラを逆手にとって試験監督をギャフンと言わせよう、

    というやつですね。

      それにこれ、書いているものが以前とは違っていて、

    ただのボールペンじゃないんですね。例えばちょっとぬぐうと

    たちどころに無くなって、あとで、サァー何処に書いてんのよ!!

    と啖呵きられて、スカートを捲られたら、書いているはずの字が

    綺麗に消えていた、という事態に。

      或いはもっと手が込んでいて、時間が経つと消えちゃうとか、

    その反対に時間が経たないと見えないや、

    ある条件、例えば温度で見えたり、消えたり・・・など

    バリエーションがありそうで怖いですねぇ。

     この作弊の歴史を調べたなら、それこそ中国は数千年の歴史を

    もち、科挙のころからのものでしょうから、

     歴史的にも長い文化?を持っています。

     これって、やろうとする人がいる限り無くならないわけでして、

    やろうとする人がいなくなるようにすればいいんですよ。

      臭いにおいはナントやら・・・ですよ。

      簡単です。

      そのことを、今月号「わたしの見た中国 高考ー大学受験の

    季節がやってきた」で書きたかった本筋ですが、

      入学をほぼ入りたいという人すべて認めてしまうわけです。

    その上で、授業は厳しくやって、どんどんついていけなくなったら

    ふるいにかけて、その先で落として行くってのはどうですか・・・と

    提案している。

      もちろんこれにも隘路はある。

    入っては見たもののついていけないと気づいた時はすでに

    時間を無断してしまっている。

    受け入れる側の収容能力の問題、

    程度をどう明確な基準を持って保てるか、

    何処でも入れると偏りができる、

    などなどですが、これらは、実施後数年の経験則と体験で

    解決できると私は思いますが、

       好いじゃないですか!如何ですか。

    作弊の必要のない時代はやってきます。

     だが、問題はまだあります。受験の時の作弊はなくなるのですが、

    今度は普段の進級だの、授業についてこれるかどうかの判断を

    するそのテストの時に作弊が行われるかも・・・・。

      ということは、同じことか??








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