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2011年7月11日 (月)

「裸婚ラァ・フゥン」と「黄昏散ホァン・フン・サン」

   「裸婚ラァ・フン」(婚姻届だけの結婚)について、先週書いた。

  ある人は、中国ではそんなに結婚式に費用がかかりますか?

  と、違うところでもそうした話題を目にしたらしく、驚いておられた。

  まぁ、それはその人の問題で、かけよう、と思えばいくらでもかかる。

  それが、中国の人の傾向として、日本人だってかなりそうした面は

  あるのですが、どんどんエスカレートして派手になって来てしまい、

  そろそろそれも限界に来て、これはちょっと異常でしょう!という

  冷静な人が少し現われ始めた、そんな時代に入った。

    それに、誰もがそんな派手派手・見栄見栄の結婚式が挙げれる

  情況にはないわけでして、当人同士だって、出来るならそんな派手な

  結婚式を挙げたいが、経済的条件で許されない、カップルもいれば、

  ちゃんとした考えでそうした必要性を感じないカップルもいての、

   双方混ざり合っての、このところの“裸婚”が見直されて?いる。

   一方、結婚と反対に中国では離婚も増えてまして、依然と比べるなら、

   凄い勢いで離婚率が高まっております。

    これまた、経済活動が大きく影響していると私には見えますが、

   先ず、基本的に中国の人たちの結婚は、結婚後も日本のように女性が

   男性の姓に変わったりしません。また、多くは女性も職業をそのまま

   続けます。子供が生まれてもそのまま職場に留まるのが一般的です。

     そんな離婚者の中で数的にもこれまでは少なかったので、急激な

   増加率で目立つのでしょう、日本でもちょっと話題になりましたが、

   熟年離婚、というやつが増えてます。

    こちは「黄昏散ホァン・フン・サン」と呼ばれています。

    逆バージョンで「黄昏恋ホァン・フン・リェン」というのもあります。

    「黄昏」は日本語の意味と同じに、そうした夕方の時間を指します、

   つまり、人生のそうした時期、陽が傾き始めたようなそんな時期になって

   それぞれ、恋をはじめる。日本語は「老いらくの恋」というやつですか。

    一方同じようにそんな年になって「散(分かれる)」二人を、

   「黄昏散」といっている。

    こうした分かれたり、一緒になったりは、これまでは、もうそんな

   年なんだからいいでしょう、と諦めていた人たちが行動を起こし始めた。

     とりわけ、こうした傾向は大都市に住まいする、ある程度生活に

   ゆとりを持ち始めた、階層の人が多いようです。

    こういた傾向は、経済の発展と、これまでの価値観の変化と、

   さまざな条件がそれを許すようになった、ということでしょう。

    これまではそうしたくとも、行動に移せるだけの条件が整って

   いなかった。

    晩年を自分の思うように生きたい、と思う人たちが、これまでであれば

   ただ自分が我慢してあとの人生を送っていたものが、自分で選択を出来る

   ようになったし、選択し始めるようになった、証拠です。

     この問題は、話題としてはその数が多くなると取り上げられることが

   多くなりますが、

     私としては、個別のそれぞれ問題ですので、たまたま時代として数が

   多くなったにしても、その中身はあくまでも個別の問題です。

    「裸婚」にしても「黄昏恋」にしても「黄昏散」にしても

    果たして何が良いかは、誰にも分からない。

     でも時代はそうした気分を助長されている。

     中国もそうした時代に入った。人間の生き方が問われている。

    それは時代やその国体制や風俗や習慣に影響はされますが、

    やっていることはそう変わりないということだと思います。

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