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2011年6月18日 (土)

3・11以后ー携帯電話(手機ショウ・ジィ)と東日本大震災

   3・11東日本大震災から先週三ヶ月が過ぎ、

  あの日を境に何が変わったかを、一週間見て参りました。

  もちろんこれ以外にも沢山変わった面はありますが、今日でこの

  震災後何が変わったか?のお話を一応終えたいと思います。

   今週書いたもの以外でもこの三ヶ月の間にもいろいろ書いては

  きましたので、そちらも興味がありましたら、どうぞご覧下さい。

   誰もが指摘する、中国人観光客の激減や、物流につきましては、

  他でも触れておりますので省略いたします。

    それで、纏めるにあたって、私がいま頭に浮かんでいるのは表題の

  「携帯電話」手機ショウ・ジィ と、「東日本大震災」の二つです。

  「携帯電話」のことも前にここに書いたのですが、ケイタイ手機ショウ・ジィ

  が世の中を大きく変えた、というのが私の考え。

   世の中を小さく変えるものは次々に出てくるのですが、かなり根底から

  世界を変えるものはそうそう出てはこなくて、そのうちの一つが手機、

  そして便利店ベン・リィ・ディェン(コンビニ)がもう一つ、というを前にも

  かきました。便利店はこの際置いておいて、

   手機が世界を変えた、というは漠然と皆さんそんな感じをおもちでしょうから

   余り詳しくは申しませんし前にも書いてますので繰り返しになりますから、

   ごく簡単に話を進める為に触れておくと、

   手機、が現れて後、それが普及してから、人々の暮らしと、そのスタイルと

   考え方が実はそれが現れる以前とは大きく変わりました。

    いつでもどこでも情報が取り出せ、発信できるようになった、その事で

   歩きながらケイタイで連絡を取り合う人たちは、例えばこの度の3・11の

   時もそうでしたが、誰もがすぐに連絡を取りたがり、取るので、これまでの

   災害とは違った混乱振りが、東京のあの一夜の東京都難民がそうです。

    ケイタイ出現後は、小説も、テレビドラマも、普段の暮らしも、学生の暮らし

   も全てそれまでとは変わった、というのが私の説です。

    それで、話を先に進めたいのでケイタイの世界変革威力の実例はそれぞれ

   考え戴くこととして、

     先を急ぎます。私が言いたいのは、あの3・11が少なくとも日本人にとって

   ケイタイと同じようになるだろう、という予測です。

    一見何の関係もないようなこの二つは、世界を変えたという意味で

   同じ動きをし、同じように今後記憶されることでしょう。

    ケイタイなんかは普段から身近にあって、災害は身近にないのかというと

   同じですね、見えないだけで日本に住んでいるということはいつも胸ポケット

   にケイタイを入れてるように震災をわれわれは持ち歩いてます。

     

    それで、3・11以後、日本はというか世界は大きく変わらなくてはいけない。

   変わらざるを得なくなった。変わろうともしている。

     変わるでしょう。それも多分手機が気がつけばわれわれの生活を

   いつの間にか変え、考え方そのものにも影響を及ばしたのと同じように。

     それで、最後はその変わりようなんですが、

    私見ですが、手機で変わったわれわれの暮らしは、私にはどうも

    良い方に変わってないのではないか、という疑念がいつもついて回って

    ますね、私は出来れば避けたいが避けれない。

      それは私だけの感じなのかどうか、どれほどの大きな問題として

    捉えるかなどの問題もありますが、

      私が今考えているのはこの大震災が大きく社会を変えるとするなら、

    また、変わるとするなら、是非良い方に変わって貰いたい、

     そのチャンスでもあるかも知れない・・・かも知れない・・・。

     どの場面でもいえるそうしたチャンスにして欲しいとの願いもこめて、

     中国人研修生の話題に触れて、帰国するそうした人たちの動きを

     中国の万事「塞翁が馬」の例えも出してこれまた前にも書きました。

     で、この三ヶ月を過ぎて見てきて、私個人の感想ではどうも余り

    良い傾向が見えてこない。

      これはどうしたものでしょう。日本人はもともとこんなもの、

    なのでしょうか。

     そうした、戸惑いと失望の中にこの三ヶ月はいたということです。

     で、このお話終りでして、どこか尻切れトンボの感じですが、

     今度は、三年後とかに同じテーマで書けたらその時この三ヶ月の

     感想も踏まえて書いたいてみたいと思ってます。生きてたらですが。

     ここからは全く余談ですが、

    原発事故後、次々にあの事故を解説するゲストをテレビ局で各局

    何人もの先生方を拝見しましたが、何故皆年寄りなんでしょう?

    若い原発専門家はいないんですか?あんな年寄り(失礼!!)が

    事故を分析して「大丈夫」と言ってますが、老い先短い(再度失礼!!)

    あの人たちがそんな将来に責任持てるですか本当に!

     だって数年後原発事故の影響が本当に出始めた時貴方いないでしょ!

    (重ねて失礼!) と誰もテレビ局のキャスターもゲストも突っ込みません。

    

     核物質の東京飛来を必死に報道してますが、ここでもまた東京中心

    なんですね相変わらず。

     こんなのを目にすると変わらなければいけない、日本は、今後どう

    変わるのかと、注目はしてるのですが・・・さてどうなるんでしょう、

    余談でした。

      今週末ゆっくりこの100日ですか?を振り返りもう一度、

    3・11以后イー・ホゥを考え来週からは普通の話題にします。

      

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