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2011年4月27日 (水)

被災地での楽しみは「風呂」-日本人很喜歓洗澡

  昨日、書いたのは日本人の飽くなき遺体捜索への執念、

  昨日質問してきた中国人とはまた別の知人が、

  「日本人は何であんなに風呂はいりたがりますか?」と

  訊いてきた。

  何でも日本のテレビニュースが映って、被災者の方が

  数日後の話らしいですね、異口同音に、「何がお困りですか?」

  のマスコミの質問に、「風呂に入れないのが不便」と言っていて、

  更には、日を置いて、風呂に入れるようになった人たちへの

  インタビューには、「風呂にはいれてよかった!」と心から

  喜んでいる様子が映し出され、それを見てまた、

   何で今被災して、食事さえ満足なものが食べれないその状態で

  風呂なんかに執着しますかね?と訊いてきた。

    これも文化の違いでしょう。

   日本人にとっての風呂は、中国の人のそれとは趣を異にしている。

   中国の人たちのお風呂は

    洗澡シーザァォ、といいまして、洗うことに重きがあります。

    洗う、体の洗濯です。ですので汚れを落とすことに意味がありますから

    洗えればいいのでして、大概はシャワーで済ませます。

    シャワーでゴシゴシ洗えればそれでいい。

    日本人のそれは、お湯につかることに意味があります。

   ですので、お湯をたっぷりとはったその浴槽に身体を浸し、そのことで

   温まる、リラックスする、そちらに重きがあります。

    ですから、汚れているかどうかよりも、心からくつろぎたい時に、

    はいりたいのでして、

    まさに今回の様に、辛い大変なときだからこそ、

    風呂に入りたいのです。

    ですから、被災地で何で風呂が要るの?というよりも、

   被災地だからこそ、風呂が要るんですね、

    こうした文化差はコトバとは違い理解が難しいですね。

    日本人にはそうした報道を見て、

    もっともだ、お気の毒に風呂に入れないなんて・・・と感じるところで

    中国の人は、被災地のあの現状を見たら今風呂じゃないでしょ・・・

    との感じる、その隔たりがまさに異文化でして、

    それを理解できるようになると、

    相当相互理解が深まると思います。

     これは「風呂」の例ですが、このようなことは他にもあってまた、

   逆の形でも当然あります。

     我々が理解できない中国の人の行動様式にも

   同じようにこの差が横たわっているわけです。

     ですので、互いにただ相手を理解できないからといって、

   避難したりするのは間違いでして、

    理解できなければ理解できないままでいいのですが、

    それを認めあうゆとりが必要となります。

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