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2011年3月19日 (土)

災害報道のあり方ー为什么、都差不多的灾难报道

110319091 今回ほど日本の報道が

そのまま世界を駆け巡った

ことはこれまでもないので、

   その点でも相当関心を呼んでいるし、今後その評価がそれぞれ

   色々取りざたされるでしょうし、国内にあっても、日本のこの間の

   報道が色々言われている。では、中国の人たちはこの間の

   報道をどう見ているかを、紹介しながら、話しを進めて見ましょう。

    阪神大震災の時も、同じように映像は中国でも配信され、

   その被害を刻々と伝えた。それも中国の人たちは見てはいます。

    しかし、今回の災害はそれを上回り、被災当初から直ぐに

   そのナマの映像が、中国でも見る機会が多かった。

     加えて、コンピューター上では、動画が物凄い数それぞれ

   どのサイトにも貼り付いて、何時でも、その部分部分で見れる

   ようになっていた点は、以前と明らかに違う。

     更に後半には、福島・核電站の問題は、特にNHKの映像を

   リアルタイムでそのまま流し、そこで話されていることもほぼ、

   同時通訳付きで中国のスタジオに流れ、それを見ながらの番組

   というのも始めて事だった。数分か、数秒かの時差?はあったが

   現場実況中継的な映像を別にすれば、恐らく始めてのこうした

   日本のニュース番組を直接中国の一般の人たちが目にした。

      災害発生当初は民放も終日この災害報道になっていたので

   CMが入らないこともあってか、或いは、NHKだけの映像では

   足りないと感じたのか、相当部分民放の映像も使ってました。

     この点も始めてのことでした。

     逆もそうですが、我々がというか、日本で中国のあの四川大地震

   の報道を見ていても、そのあり方というか、組み方が違うのは当然の

   ことで、日本報道が中国の人たちにとってある種理解し難い部分が

   あることは何の不思議も無いし、それが普通だろうと思っている。

     また、あの時、四川の災害映像を中国電視台の映像を使ったり

   はしていたが、概ね切り貼りのものでしたし、放送をそのまま流す

   日本の報道は見られなかった。

     中国でも色々なことが言われてますが、私が勝手に、

    煎じ詰めて言えば、中国の人たちが不思議なのは、画面の報道に

   現れたキャスターやインタビュアーが誰一人、感情を荒げることなく、

   非常に淡々とその被害状況を伝え、読み上げている点にあったと

   思う。不明者数を読み上げ、負傷者数を読み上げ、死者数を読み

   上げ、その声に感情の乱れがないことに驚かされた。

     核漏れという未曾有の大問題にあっても、淡々とその映像を

   見ながらまた、その図を指して説明しているのに驚いた。

      現場に入るその速度も速い、直ぐに各社がヘリコプターを飛ばし、

    その映像がまた直ぐに放映され、その凄まじい被害が見えているその

    映像を目の当たりにしても、感情をあらわにすることなく、説明を加え、

    次々に様々な数字(震度であったり、被災地の戸数であったり、被災者

    の数であったりの数)を読み上げるその声にも振ることさえない。

      日が改まり、現場に入った、放送車からの現地ナマの映像、被災者

    へマイクを向けて、その時の様子を、そのお一人お一人の事情を細かに

    尋ねるその様子にもなんの躊躇もないし、何でも訊けるようだ。

      といったことが、中国の人が見て愕然とした。

      どうして、そんなに冷静でいられるのかと。

      無理でしょうね、あの辺の映像を見て、日本人はそれで被害のどれだけ

    重大かが分かるという、その報道のあり様が。

      これらは、何度もこれまでの数々の大きな天災に限らず、災害報道を

    踏まえて確立した、ある種の「型」なのです。

      日本は「型」の文化なので、その「型」に嵌っていないと安心できません。

    日本では、テレビ画面の前で原稿を読めずに、オロオロして、泣き出すような、

    ニュースキャスターは現れないのです。

       そんな人が一人ぐらいはいてもいいのにな、と私などは思うのですが、

    「型」からはみ出すことを恐れている各局報道機関は、

      その画面の前の人の話も、取材に出向いた人たちの撮る映像も、

    そのインタビュアーの訊くその内容も、どれもどれも似たようなもの。

      ですから、どの局を見ても、どの内容も同じようなことをやっていて、

    多少映像が違ったりするのはそのニュースソースというか手入れたもの

    が多少の違いはあるものの基本ほぼ同じです。

       

      多分、こらから、報道機関はその報道機関内で今後いろいろこの

    災害報道にあるべきあり様なんてのを会議の席上で話すことになる

    のでしょう。

       その指導機関というのがあれば、それはそれで放送倫理という

    のでしょうか、今後様々なことが俎上にあがるでしょう。

       言えるのは、

     「型」はある種、安心感を与え、

     「型」にさえあれば安心して見ていれるし、

     「型」通りにしてもらえれば、見ている側の許容の範囲にもあります、

     災害時、冷静さが必要だとするなら、これは大きな働きをします。

      一方で「型」から出ないなら、それはそれで必要な、

     「型」から外れた情報をどう発信するかが、求められるのでしょう。

     「型」は、「型」で押さえておいて、

     「型」から抜け出した報道が本当に必要なのかどうか、

     そうしたものは報道ではなく、電脳世界などで扱えばそれで

     よいのかどうか迷うところです。

        今後の課題となると思います。

       中国の日本のマスコミ評価が割りと高めなのは、自分達が

     持ちたいが、持ち得ない「型」を日本のマスコミが持っているからでしょう。

       で、一般の中国の方もその「型」が羨ましいと思っているかどうか

     は評価が分かれると思います。

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コメント

老师,好久不见!您还好吗?
国交の無い台湾が何時間もチャリティー番組流してくれて
21億円も寄付を集めてくれているのに、
この国のTVは何なんですかね?
嫌いな馬総統も、少しは好きになりました。
札幌での、サッカー選手やらの募金は
半分脅迫みたいで、むしろする気無くす感じで…

投稿: シャオイエ | 2011年3月19日 (土) 23時02分

Ni好!シャォ・イェ!!
 很高興、収到Ni的短信。
 Ni没事口巴?
 Ni説的対!我也想這様。
 現在想去那里当志願者。
 可問題是没時間、年度末
 有些雑事、快要学校也
 開学了、心里着急・・・。
  有時間、来淡口巴。
 

投稿: | 2011年3月21日 (月) 16時34分

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