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2011年3月 5日 (土)

何で今頃サーズ?-今週読んだ本 『 38°』

    人は大概済んでしまえば、それでその事を忘れる。

   ある意味、忘れないと暮らしていけない。

   忘れることで、また普段の暮らしに戻ることが出来る。

   このことは理解できる。でもこれでいいの?という考えも一方である。

     私は多分ちょっと、そこのところがちょっとシツコイタイプらしくて、

   もう済んでしまったことに割りと長くこだわる。

     それで、今私のまだ関心のあることはいろいろありますが、

   折に触れて知りたいと、もう誰もが忘れて取りざたされないことで、

   ひっかかっているのが、 一つはこの「サーズ」、

   もう一つが「ギョーザ問題」どちらも中国に関係している。

38   この本を読んで、更に自分のその当時の新聞をスクラップ

  した、資料をみて、改めて今頃まだ「サーズ」のことを

  考えたりしてる。誰もいまどき「サーズ」の事など気にも

   していないのに。

    この本は

         「北京SARS医療チーム、生と死 の100日」

    というサブタイトルがついている。

      北京医療チームのサーズとの闘いを記録として書かれた本です。

     もっと沢山この手の本が、違う角度からも書かれて欲しいと思っている。

       もう一冊、私の手製のスクラップブックは、新聞記事なので、

    サーズが発生してからは、今日は何人、何人という数の報道が刻々と

    されている。その増えた減ったに一喜一憂している。

      サーズに限らずあらゆるこうした関係の報道は結局のところ、

    発生したその事実への対応に追われ、その現状を報告することに

    追われ、一体それはどうしてそうなったのか、や、今後はそうすべきか

    などは語られることは少ない。

     サーズの時も、舞台裏?では相当大変だったろうなということは、

    その時から現場はこれはもう大変なことになっているだろう、という

    想像はそう難しくなく出来た。

      しかし、意外にその現場のその様子が外へ知らされることは少ない。

    とりわけその問題が発生してその対応に追われているときはそれは

    もう無理だ、日々の対応に追われている。

      但し、それが一区切り付いて、落ち着くを取り戻したその時こそ

    ゆっくりそうした問題を考えるべきだ。

      一体現場はどうだったのかを外に知らせ、外からの見えていた

    部分と、中での混乱と判断がどうしてそうなったかを検証し、今後の

    対応を話し合う?べきだ。

      だが、普通は人は、一区切りして落ち着いたことにはその事は

    もう忘れたいし、実際忘れるようにもし、忘れてもいるかのように

     誰も改めて騒ぎ立てる人は少ない。

       また、せっかく?忘れたことを改めて持ち出して、

      またぶり返すことを嫌がる。

       ですが、いまこそ、その当時の自分達のとった対応が果たして

    相応のものだったかを、時を経て検証することこそが、今後に

    役立つのだ、ということを知る必要がある。

       サーズが、今どういう研究をされて、

       今後同じようにあのサーズが世界の何処かで起きたなら

       今度は前回の教訓?を人類は生かせるのだろうか、と

       不安に思っている。

      これは、サーズに限らず、

      今回の地震でもそうだし、

      それぞれに専門家がいる。その専門の人たちは、専門家の

    間では何かやってるのでしょうが、専門家は専門家でその専門の

    分野で忙しいらしく、結局追われて、以前のことなどあまり構って

    いられないというから、ちょっと危険を感じている。

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