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2010年7月28日 (水)

中国ロック(揺滾ヤォ・グゥン)音楽の現状

Yuanduan1  先に断っておきますが、

 中国のロック音楽世界を書くことになった?が、

 私が特別この方面に詳しいということではなく、

 多分皆さんよりは少しは知っているが、それは、

 私の興味の対象が常に中国にあって、その一環としての

  興味の範疇でのことで、中国ロックスターのファンでもなければ、純粋な

  ロックファンでもない。因みに、日本のロックの話題になると全く知らない。

    ロックを中国語に訳す時、きっとその見た目から、体を揺すり、ステージで

  転がったりするから、こう名付けられたのでしょう。

    ロックは、揺滾(ヤォ・グゥン)音楽(イン・ユェ)と言われています。

    中国にロックなるものが入り込んで四半世紀、恐らくその出発点を誰もが、

   崔健(ツィ・ジェン)という歌手の出現に求めて異議ないと思うが、だとするなら

   ほぼ25年くらいの時間が経っています。

Cui_jiang 崔健(ツィ・ジェン)をはずして中国のロックシーンは語れない。

彼が最初のロックスターであり、最初に中国の人たちに、

何だこの音楽は?と思わせたその歌は、今でこそ誰もが

知っている「一無所有イー・ウー・スォ・ヨゥ」のヒットです。

 彼はその後も次々に、その独特の歌詞と謳い方で人々を

  魅了します。

   「新長征路上的揺滾」という曲なども、衝撃的でした。

   この後つぎつぎにこれに続くロック歌手は凄い勢いで増え始め、玉石混交

   の世界へ。

   それでも概ねいえる事は、この時期の中国ロックは正に中国が開放改革

   の旗印のもと、若者たちは急激な国外からの情報や新しい考え方に刺激を

   受けて、これまでの音楽表現方法とは違った路を探してましたので、ロックは

   正にその要求に合って、これまでの表現方法では表現し切れなかった、

   空虚や挫折や焦り、をロックという表現方法を借りて表現され、

   その意味でこの頃のロックは一つの黄金時代を迎えています。

    ですが、その頃のロックのメロディーはそれほど過激なものではなく、

   その主体はその独特の歌詞にありました。これまでこうした歌詞では中国では

   歌が成立しなかったものが、何かを訴える歌詞は若者を魅了しました。

    或いは歌の中に、語りというかセリフというか、メロディーに乗らない訴えも

   その直截故に若者に多く支持された、とも言えます。

    沢山のスターが出現しその全てを紹介することはできませんし、それが

  この文の目的でもありませんので、私の知っている範囲では、

   何勇(フー・ヨン)の「鐘鼓楼 ヂェン・グー・ラォ」 や

   張楚(ヂァン・ツゥ)の「老張 ラォ・ヂァン」くらいは紹介しておきましょう。

   メッセージの強いこれらの曲が受け入れられたのは、その時代の社会の

   背景と切っても切り離せません。

    沢山紹介したいアーティストを曲はあるのですが、興味がある方は調べて

  いただくことにして、

    このあと、実は中国ではこの盛り上がりようからはちょっと信じられない位

  ロックの大きな動きがなくなる一時期があります。

    それは、そうしたスターが出なくなったのか、時代が必要としなくなったのか、

  多分両方でしょうが、

    その時期は丁度中国の人たちが、経済に眼が向き、自らを顧みるそんな

  余裕さえなかった、経済至上主義の一時期でした。

    勿論それをテーマに歌った歌手がいなかったわけではありません。

   でも、それを誰も気にも留めず、経済活動に忙しかった、そんな時代に、

   その時代を揺するほどの、歌も歌手も現れなかった。

    そして、最近になってまたまた、注目されるいくつかのロックグループが

  現れ始めました。

Ershoumeiguis1例えば、五年ほど前に現れた

 二手玫瑰(アール・ショゥ・メィ・グィ)は、グループ名

 ですが、彼らのそのグループ名の付け方、

 二手は、セカンドハンドですので、セコハンの意味

 セコハン(中古)のバラ、というこのグループの

 出現が大きな話題となりました。

   ハルピンという北の街で生まれた彼らの、

    中国東北地方の伝統の部分と、ロックという新しいものを結びつけ且つ、

   その奇抜な衣装やステージ演出は毎回毎回話題となっています。

   実は私は「娯楽江湖」という曲でこの人たちを始めて知りました。

   更にこの近辺に幾つかの特色有る歌い手が繰り出しまた少し盛り返しています。

   黒豹(ヘィ・バォ)や唐朝(タン・チャォ)という人たちも見逃せません。 

     それで、最初に述べましたように私はそんな詳しくもないし特別興味もない

   のですが、

    結論を急ぐと、

    私が今期待しているのは、今後、また中国を動かすだけの、

   スターが現れ、爆発的ヒット曲が生まれるだろうか、ということです。

    土壌としては今正に中国では、そうした曲が生まれておかしくない

   そんな社会の状況にあると私は思っています。

    人々の「不満」や「不安」

    「焦り」や「日常の矛盾」が渦巻いている中国の現状からするなら、

    今こそ、中国発信の或いは、中国国内でもいいですが、大衆に訴え

    誰も共感し、誰もがこれこそが自分達の言いたかった事だ!!

    と叫べる唄が出来るフツフツと湧き上がっている人々の不満を

    果たして一曲の曲で見事に表現しきる人が現れるでしょうか?

     それを期待し、見ています。

     重い思想が嫌われる傾向に全世界がありますが、

   その国の発展途上の状況と、表現形式と、表現者が巧く合えば、

   その時代を代表する歌が現れるでしょう。

     嘗て日本ではフォークソングの時代がありました。

     中国にロックの時代は来るのでしょうか。  

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