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2010年4月13日 (火)

学ぶ ことと 教える こと -中国語

  函館は、今日は朝から雨です。

  昨日、函館日中友好協会の中国語教室開講式がありました。

  一緒に中国をこれから学ぶみなさん、参加ありがとうございます。

  また、教室そのものには地域の問題があって参加は出来なくとも、

  このブログをご覧になっていただける方、どこか場所を探してどうぞ

  中国語の勉強を続けて下さい。場所が見つからない方は、お独りでの

  勉強になりますが、それでも続けて下さい。何か困ったことがあったら

  いつでもご連絡下さい。

   さて、昨日の開講式でも御挨拶のなかで少し述べさせていただきましたが、

  われわれが「学ぶ」ということは、ともすれば学校の「勉強」を思いうけべがち

  ですが、本当に「学ぶ」姿は、実は学校よりもこうしたご自分で何を「学」び

  たいかを選んで、自分が考えて「学ぶ」あるのだと思います。

    中国語で「先生」は「老師(ラォ・シー)」と言います。

  教える側の「老師」は、「老」は中国にあってはある尊敬の意味で付いてます。

  「師」は、もともとは軍隊の単位でしょう。古来中国で戦うことが総てであった

  時代、軍を教育することが即ち人を教える時代の、日本語でも一個師団、

  ということがあるように「師」は、どんな数なんでしょうか、たしか中国では

  2千数百が一つの単位だったと思います。それくらいの数の人を率い教える

  人が「老師」ですね。

    私もときどき、ところどころで「老師」をしてまして、私の場合はそんな大勢の

  方を教える能力もありませんし、度量もありませんが、それでも「老師!」と

  呼んでくれる人があるので、「老師」に値するように、私自身が「学ぶ」ことを

  不断にできるよう努めております。

    「学ぶ」側の、先の学校の「学ぶ」ことが、悲しいかな、どうすれば良い?

  上の学校の入れるかの詰め込みで、上に行けば行ったで、どうしたら良い?

  仕事に付けれるかを「教え」「学ぶ」ことに余念がありません。

    そんなことを、どんなに「教え」一生懸命「学ぶ」ことに若い時代をただ

  過ごすのは本当の勿体ないな、とは思うのですが、

    若い時はそんな事に気づきませんし、そうした事を気づくようなことは

  「教え」ませんので、なかなか難しいです。

   「学ぶ」という字も本来は、昔の「學」この字にあるように、字を「学ぶ」

  のですが、上の複雑なところをツにしちゃいましたが、本当はこの上の

  手と手を交えるここに意味があったのでしょうが、簡略化していまの

  字になっております。

    「学ぶ」ことは、自分を高めることに楽しさがあり、

    その楽しさを「教える」のが「老師」で、

    「老師」が一番「学ぶ」楽しさを知っていないといけないわけでして、

    自分が知っているその楽しさの一部を、どう分け与えることができるかが

    「老師」の役目だと思っています。

    ということで、楽しく「学ぶ」中国の時間をこれから一年一緒に過ごしたいと

   思っております。

     那我イ門高高興興地、一起学習漢語口巴!!

               函館日中友好協会

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