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2008年11月10日 (月)

中国の英才教育 と 格差社会、 「ハッシーののんびり坂スタジオ」

  昨日はまたまたFMいるか さんにおじゃましてきました。

 「ハッシーののんびり坂スタジオ」でのお話しはいつも、愉しく

 あっという間に放送も終えて帰ってきました。

  放送の中での大部分は、変わり行く中国 と言った内容での

 橋本さんが話題を振ってきましので、交通事情やら交通マナー

 とかそんな話で盛り上がってました。

  さて、放送を終えて戻ったら、さる友人と会い、話しをしてて、

 彼は今日の放送で、最初のところ、この12月に来る中国民族楽器

 の演奏家たちが、その優れた技術は中国の英才教育のたまもの?

 と言った部分に大きく引かれ、「そうなの?」と訊いてくる。

  英才教育のたまもの、と言った覚えはないが中国では英才教育が

 盛ん、とは言った。そして、こうした芸術部門の人たちは、瀋陽のこの

 音楽学院に来る前からの大体は英才教育を受けていると思う、とも

 言った。ということは、英才教育のたまもの、ってことか??

  それは、いい。その先の友人の言葉「中国はそうした方面でも格差

 社会ができてるわけですね。」はちょっと違う。

  あのですね、英才教育と、格差社会はまるで違います。

  どうも平等を取り違えてます。

  才能のある人がそれを若いうちに一気に伸ばす機会を与えられるのが

 英才教育でして、此処へ入ろうと思えば努力すれば、万人にその門戸は

 開かれてます。多分競走なんかもあるでしょ、そりゃ狭き門ですから。

  其処へ入れる人はごくわずか。才能が全て。それも若い子供の頃の。

  これと格差社会は違いますよ。

  英才教育が平等でないとは言えません。

  ある条件の下、つまり入口と言うか基本の部分では誰もに平等な機会

 と平等な条件が示され、そのうえで個の能力には差があり、それは

 認めなくてはいけません。

  ここが難しいんですよね。

  平等イコールみ~んな同じ、とはならないし、そんな平等は何処にも

 ありません。

  どこぞの運動会で、走ってゴールしても、一等賞、二等賞を決めるのを

 平等の精神?のもと、避けたというのを聞いたことがあるが、その

 平等が分からない。

  で、英才教育の良し悪しはまた別にあるんですよ。それはどんなものにも

 良い点と悪い点があるように、欠点もあります。

  ですが、それと格差社会はまるで別問題だ、ということをその友人と

 放送時間よりも長く話し合ってましたが、分かって貰えたかな。

  中国の格差もそれは凄いものがありますが、英才教育までそれに

 入れちゃ駄目でしょ。

  素晴らしい人たちはそれに相応しい賞賛を受けるべきですし、

  惜しみない賞賛をし、更に素晴らしいものを見せて貰いたいと願ってます。

   FMいるか 昨日の ホームページはこんなでした。

  いるかの皆さんいつもありがとうございます。

   今度は、この瀋陽民族楽器演奏か訪問団の特番をしてくれるということ

  で、大変喜んでます。チケット絶賛発売中ですが、まだまだ、席に余裕が

  ありすぎです。どうぞ、よろしくお願いします。

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