”食”にこだわる、中国の人たち、「吃飯了口馬?」に、ついて。
11月11日。ぞろ目の日でので、『隗かい』ホームページの
今月の話題は、「吃飯了口馬?」チー・ファン・ラ・マ
(最後の字は口馬、これで一つの漢字です。日本にない字)
意味は、中国語学習者なら大概知っている、知ってなくちゃ
ならない、「ご飯たべましたか?」なんです。
これを取り上げたのは、中国語の先生なんかは、中国人は
挨拶にこう言ってるんだ、と教え、それくらい中国では”食”が
大切にされてるんだ、と教える。
実は、そういう点もあるのですが、私が言いたいのはですね、
”食”は大切にしたほうが好い。
それは、何を食べるか?もさることながら、食べる時間をもっと
大切にしたほうが好いんじゃないの?という話題です。
日本はすっかり駄目になってしまいましたが、以前は日本だって
”食”を大切にしてました。食べる物そののものは大したものを
食べてなかった、ホント、今から見れば貧しい?食生活、いつもいつも
同じようなもんを食べてました。それから見れば今の食生活は贅沢。
と、同時にですね”食”の時間が自ずと一家の中心にありました。
家族みんなが揃う、揃うのをまって「いただきま~す」となる。
更に、その準備の段階で、なんで昔はあんなに子供を使う用事が
多かったんだろう。我が家は、すり鉢でする仕事が一仕事で、
その家族も多いですからすり鉢も大きいんですね。子供だから
余計そう感じてたのかも。それを、こうグラグラするすり鉢の淵を
押さえる仕事が私の仕事。少し大きくなると、すりこぎ棒でする役目
も回ってきましたが、そのすり鉢を押さえながら、いろいろな事を
聞かされるわけですね。押さえてなくてはいけませんので、逃れよう
もないですね。そんな機会を狙って向こう(親だったり、祖父母だったり)
もわざとゆっくりすりこぎをしたりして、言ってくるわけです。
それが済むと、やっと、食事です。でも、父親が帰ってこないと、みな
待ちぼうけです。それを察してか早目に帰ってたんでしょきっと、
子供は子供で、必ず「ご飯までには帰ってきなさい!」と出掛けに釘を
さされます。
近所のおばさんたちも、夕方遊んでると「××ちゃん!ご飯すんだの?」
と訊いてきます。
ホラッ!これって「吃飯了口馬?」と同じじゃないですか、
だからね、どの国もそうしてただけでして、別に中国だけが”食”を重視
してたのではなく、日本だってそうだったんだ。
ということは、中国もそろそろそんな挨拶が聞かれなくなるじゃないかな、
それって、その地域の人間の関係も、そういうことを口にしなくなるような
希薄な関係になっていくことと同時進行なんですね。
「吃飯了口馬?」が何時までも聞けるといいんだが。
ということで、どうぞこちらから
「吃飯了口馬?チー・ファン・ラ・マ?(ご飯食った?)」をご覧下さい。
いつもご愛読ありがとうございます。
11月11日
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