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2008年4月 1日 (火)

北京・なくなりつつある 胡同 ②

 昨日につづき、胡同のお話しです。

 胡同が取り上げられるようになったのは、最近です。

 結局はなくなりそうになって、その価値というか

 外にない、北京を代表するひとつの文化としての

 認識がされるようになったわけです。

  時代を代表もしていますので、急に話題にのぼる

 ようにもなってまいりました。

  で、私の感想ですが、

  こうした、残されるべきものは、時代と共にですね

  消えるものが沢山ありますよね、暮らしの中にも

  街の風景にも、食べ物や、服装をはじめあらゆるもの

  が時代と共にありますから、その影響からは免れること

  は難しいです。

   なくなるものへの郷愁は分かります。

   胡同もいずれはどんどん壊されてなくなります。

   ですが、私の感じでは、建築物としての胡同は残すことは

  可能ですが、胡同と一緒に有った人々の暮らしはもう既に

  ありません、無理です。

   胡同が胡同として存在するには、地域のそうした生活様式

  ときりはなして、建物だけが存在するのは、それは胡同という

  文化ではなく、胡同という建築物を残すことなんですね、

   それは、無理ではないでしょう、建物だけなら政府がやる気

  さえ出せばですが、

 Beijing  昨年の旅行の帰り、北京から日本へ戻るにあたり

どうせなら、北京のそうした下町の雰囲気を

味わう為、胡同の中にある、四合院とよばれる

古い建築物を宿泊施設に改装した、ホテルに

 泊まりました。

   中は改装が綺麗にされていて、外側だけがそのまま。

  あとは中は、ホテルにする際にでしょう、調度品から何から

  多分其れふうにこしらえたものでしょうが、まるで明代か

  清の時代にでもタイムスリップしたかのようなしつらえでした。

   お客さんの殆どが、欧米の方です。もっともここでは部屋数の

  制限もありますから、ツアーでくる日本人団体客は無理です。

   このホテル、門を一歩出ればもうそこは胡同。

  細い路地が続きます。くねくねと路地を抜けると、急に視界が

  開けて地安門大街の大通りに出たときも、この路地と、大街の

  クルマが行き交う、蛍光灯が昼でも煌々と照らされている店との

  間に時代の変化を感じさせられました。

   そんな雰囲気を味わうにはとてもいいホテルでした。

   ホテル近くの小さな小さな食堂のオバサンや、外人相手の

  カフェで話を伺うと、食堂のオバサンは此処で胡同の人たち

  に朝食を提供する小さな屋台を営んでいた、

   カフェの経営者は以前は此処で色んなものの修理屋を

   営んでいたらしい。

   口々に胡同は前とはまるで違う、とおっしゃる。

   どうだろうな、でも今こうした胡同を見に来る人にはこれが

  胡同なんで、しょうがないんじゃないの、と淋しそう。

   翻って、私たちの身の回りでも、

   かやぶき屋根の家を維持するのはもう大変でしょう

   板そのままを家に壁に使った家は防火上の問題なんかも

  あって、許可にならないでしょ、街中じゃ

   同じです。日本もどの国か分からない瀟洒に白い壁の家が

  軒を連ねるようになってみて、街の風景は一変しました。

   中国もまさに今風景を変えようとしています。

   そして、北京です。

   大きな大きな中国の首都です。

   加えてこの近代化の波です。

   無理ないとおもいますよ。でも、惜しいけど。

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