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2008年3月22日 (土)

『我が家は一体どうしたというんだ?』今週読んだ本

 Wodejia_zenmele  多分、この本まだ翻訳本が出てないでしょうし、

きっと、翻訳本は出ないかも、

 『 我的家怎公了 ? 』

 (ウォー・ダ・ジャア・ザァ・マ・ラ?)

 は、変わり行く中国をよく映しています。

  時代が、社会が大きく変化しようとしているとき、

  中国に限らず、その変化の最小単位が家庭とするなら

  家庭は、その変化を如実に再現します。

   ですので、この間の中国の目覚しいばかりの発展?は

  家庭の中でも様々な問題を引き起こしています。

   一つは、世代間の格差ですが、それは時代に関係なく

  過ごしてきた長い時と共に否応無くありますが、それでも

  その時代が変化が激しければ激しいほど、世代間の距離が

  遠くなるのは、当り前の話です。

    二つ目は、時代によってもたらされる価値観の違いですが

  これも、おおくは古いものが打ち壊され、新しい価値観が急激

  に入ってくると、古いままで良かったはずの様々な物事に対する

  対処の仕方そのもののが変わらなくてはいけなくなります。

   そこで、親は子どもをみて、

   子どもは、親の世代をみて、

    『私の家は一体どうしてしまったんだ?』 と

  叫んでしまう。

    こんなはずじゃなかった、と。

   どう対処すれば良いか判らなくなった時、

  以前であれば、その前例があった。それに類したお手本が

  ありました。が、これからの変化は、そうした変化そのもの

  が以前には無かったものなので、前例はないし、誰もどれが

  正しいのかが自信がもてない。

   親は子に対して、自信がない。

   子は親を、そうした人たちなんだと、見る。

   互いに「何で・・・・なの?」と理解できない。

   いま、中国はこういう形で、親と子が、世代を超えた人たちが

  互いにぶつかり合っている、途中です。

   これも、日本も嘗て経験したような、そんな時代がありました。

   でも、日本の過程をみていて怖いのは、

   この先の、ぶつかることさえなくなったその先の、日本の現状は

   親が子を殺し、子が親を殺し合う、ここ数年の現状を見てると

   中国では、もっともっと激しくぶつかり合って、ぶつかることを

   厭わずに、互いの家庭が声を上げて行ったほうが、

   いいのかも知れない。

    先ほど触れたように、社会の単位の一番小さなそれを

  家庭”家”だとするなら、

    中国には是非、

   「我的国怎公了?」

    の観点も。

  

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